二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

恂情

INDEX|1ページ/1ページ|

 
嗚呼、死ぬのかもしれないなあ、と、何となく考えた。
本当に何となくだったから、生に対する未練だとか、縋ろうとする力だとか、そういったものは全くと言って良い程湧いて来ない。投げ出した四肢は微塵も動かず、動かす気も起きず、それらをぼうと眺めながら、正臣の頭にまた一つ死の文字が浮かぶ。浮かんでからは瞼も下ろし、ただただ鎮まり返った眠気を待った。実際、視界などさして使い物にならず、何も眺めていないのと同義であったため、遮断する事に欠片の躊躇も持たなかった。

不自然に捻じ曲がる世界の中に少年が一人佇んでいる。横向きに寝転がり、手足を半端に投げ出して、ひどく緩やかに衰弱している。
季節は真夏、猛暑。大量に這い出た蝉が一斉に音を奏で、昼時のアパート前を彩っている。何処に居るのかは全く解らないが、それでも彼らは遠慮無しに少年の鼓膜を震わせ、熱心に己をアピールしていた。夏休み中とは言えこの時間帯と場所では人通りもあまり多くなく、かくして少年は騒音に押し負け存在感を溶かしていく。開け放された窓のカーテンは少年を嘲笑うかのように時折身を揺らすのみで、室内ですら熱気が我が物顔で居座っており、少年の居場所は全て奪われたかのように思えた。
しかし、少年自身の持つ熱と、吐き出される微かな吐息が消失を許さない。ゆるりと瞼を持ち上げ、正臣は死にそうに回っている一台の扇風機へようやっと視線を送った。唯一の冷房器具は不幸中の幸いと言えるべき存在なのかもしれないが、古い物らしく熱を循環させるだけの働きしかせず、期待をするだけ無駄だと悟ってからは幸いなど無いも同然であった。苦しげに呼吸するのと同じように、奇妙な音を立てて回る機械に、自己を投影する。本当ならそんな事をするのさえ失礼だと思ってしまうのだが、病に侵された身体は存外あっさりと受け入れ、呑み込んで行く。溺れかけた所で理性の奥が喚起するのだ。そうだ、所詮、苦しいという所でしか、二つは結ばれない。即ちイコールはおろかニアイコールですらそこには当て嵌まる事はない。
痛みは麻痺しているようだった。下らない。早々に判断し、溜息なのか呼吸の一環なのか、薄い息を吐き出して少年はまどろみを再開させた。チャリ、と、指先に何かが当たる。確認する気にもなれない。部屋の主は居ない。そんな確認作業をするくらいならば、このまま眠りに落ちてしまった方がずっと良い。少年は孤独感に覆われていた。熱の所為もあって、らしくもなく寂しいという感情が全身で暴れていた。
鍵が付いたままのドアノブに、どうして手を掛けたりしたのだろう。
どうして、この家を訪ねようと思ったのだろう。
その問いに対する答えは出ている。けれど否定したくて仕方が無い、自分から離れたというのに、醜態を晒して戻って来るなど、認めたい奴が居るだろうか。まして、目の前にその人物すら映す事も出来ない状態で。

彼は、帝人は危うい。何とか右手を伸ばして転がった鍵を掴み、正臣は思う。逃避する。鍵は掛けている癖にその鍵を置いて出掛けてしまうなんて、笑い話にもなりはしない。だから見張っている。誰かが入って来ないように。誰にも汚させないように。純粋な彼に、一つの障害も寄越さないように。建前とも言える要素で現実を押し込んでいく、何とも苦しい作業だったが、鈍った思考ではそのぐらいの事しか思い付かないのだった。味気ない鍵が、ゆれる、揺れる。てのひらが嫌になるほど汗ばんでいる。一旦意識するとたちまちに全身の汗を感じてしまい、気だるさを増幅させた。鍵も揺れる。世界も揺れる。やはり、目は閉じていた方が良かったのかもしれないと、遅まきながら考えた。実行した。蝉の声が木霊する中、三度目の睡眠を試みたところで、
(――)
ふと、浮かんで来た言葉があった。死ではない。しかし、今の正臣にとってそれは死よりも遥かに恐ろしいものだった。思わず開いた瞳の奥には訳の解らなさから来る恐怖と、怯えが充満していた。指に摘まれていた鍵が落ちる。チャリ。衰えた嗅覚が畳の、泣きたくなるくらいに穏やかな匂いをキャッチする。

「……みかど」

死にたかった。何の気無しに浮かべたその瞬間、何もかも放り出して逃げてしまいたかった。ゆっくりと瞬いて、正臣はすん、と鼻を鳴らした。熱の所為で涙ぐんではいたが、涙は出なかった。伸びきった足を折り曲げて小さく丸まり、少年は懺悔する。居ない少年の事を思いつつ、脳は動けと唸っているのに、それをしない自分は何と愚かであるのかと、責め立てた。会いたい、声が聞きたい、話がしたい、慰めて欲しい、そんなものは全部残して、決死の覚悟で旅立った筈だったのだ。今まさしく少年は、己の行動の矛盾に打ちひしがれている。堪らず、古びた畳の繊維を引っ掻いた。短く切り揃えた爪だったが、この数日かでまた伸びてしまっていた為、見事に来客の印を残してしまう。恐らくは気付かれる事の無い、密やかな葛藤の跡だった。そうして少年は、何度も何度も名を口にする。口にしては、自責する。





恂情
(100503)
作品名:恂情 作家名:佐古