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愛早 さくら
愛早 さくら
novelistID. 6143
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君が僕を好きなほど、僕は君が好きじゃない

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飄々と校内を行く。
見慣れた校舎の喧騒に塗れた廊下。
それをつんざくように後ろから響いてきた声に、臨也、折原臨也は得たりと口の端に笑みを刻んだ。

「いぃーーーざぁーーーやぁーーーーー!!!」

臨也の名を呼ぶ年若い男の声は、紛れもなく怒声だったけど。

+++++
君が僕を好きなほど、僕は君が好きじゃない
+++++

「お前またやりやがったなっ!」

がつり。
胸倉を掴まれる。
臨也が彼に捕まる確率はさほど高くない。
いつだって臨也は、最近取得したパルクールを使って逃げたり、または謀略で丸め込み、上手く彼の手から逃れえていた。
あるいは。
追ってくる彼を。
楽しんで見つめてすらいるのだ。
その真っ直ぐに臨也に向けられる、澄んだ琥珀を。
数十分に渡る、校内を駆けながらの破壊と残骸の撒き散らしの果て、今日捕まったのは、だからほとんどわざとだった。
逃げ切れないわけではなくて。
あるいはこの瞬間を、待っていたのかもしれない。
二人以外誰もいない屋上で。
高い空は5月の風。
健やかで、少し強い陽射しを相俟って、心地よくすらあるはずなのに、二人の間にある空気は、だけどひたすらに殺伐としていて。
臨也は口の端に笑みを刻んだ。
それは彼を。
平和島静雄を、小馬鹿にしたような笑みであり、心底の臨也のどす黒さが、露呈するような笑みだ。
それでいて、否だからこそ臨也らしい笑み。
反吐が出そうだと、静雄は思う。
臨也は静雄がそう思ったことを知っていて、だが笑みを崩したりなんかしない。
今にも唾でも吐きかけそうなほどのむき出しの敵意と、浮き出した額の血管、真白い顔に色素の薄い蜜色にも見える瞳が、ぎらぎらと輝いて臨也を見つめていて。
そう、だってこの顔が見たかったのだ。

「何のことかな?俺には心当たりがないんだけど」

白々しいとは解っていても、すらととぼけて見せる、掴まれたままの胸倉を振り払うでもなく、肩を竦めて。
静雄の額に浮かぶ血管が増え、怒気は湯気さえ立てそうなほどあれから立ち昇っていた。
だが、いっそ。
それを、心地よくさえ思う自分も、臨也は知っていて。

「とぼけやがって!どの口がそんなことほざきやがるっ!あぁ?!」

がくりと、頭が揺れた。
掴まれた胸倉、赤いシャツがその部分だけ無様に伸びて、あぁ、これはもう着られないなと、そんなどうでもいいことを臨也は思う。
静雄の瞳には今、臨也だけしか映っていなかった。
それ以外は何もない。
青い空も、二人きりの屋上も、何も。

「酷いなぁ、シズちゃんってば。俺だってそんな四六時中君をハメることばかり考えてるわけじゃないんだよ?何でもかんでも俺の所為にしないでくれないかな」

そもそもが心当たりも何も、静雄が何のことを指して怒っているのかさえ、臨也にはわからなかった。
心当たりがないというよりは、ありすぎて。
どれのことを指しているのかが解らないのだ。
だが、それを言及するつもりは臨也にはなく、もとより口の上手くない静雄に、それ以上言及できるはずもない。
だから静雄はただ眉をひそめて臨也を睨みつけるだけで。
胸倉を掴んだ手がぶるぶると震えていた。
怒りで。
あるいは憤りで。

「ふざっけんな、よっ・・・!だいたい全部てめぇの所為だろうがっ!!」

それは多分真実だろう。
臨也にだってわかる、静雄が言うように。
彼が怒りにかられる、そのほとんどは臨也の所為だ。
だとしても。
静雄の琥珀の瞳には臨也だけで。
臨也はそれに、得たりと笑って、笑って、笑って。
どろり、瞳を歪ませた。

「ねぇ・・・」

しぃーずぅーーちゃん?

妙に間延びした声で呼びかける、静雄の眉の橋がぴくぴくと揺れて、白いこめかみに浮き出た血管にもなんだか笑い出してしまいそうだった。
するり。
途中まで、思うところがあったから、ナイフを出しかけていた手の内、結局袖の中にそれを隠して。
するり、彼の頭を掴むよう腕を持ち上げた。
両手で。
びくりと、驚愕に見開かれた間近の琥珀を、どろどろと溶けて歪んだ真紅で見つめたまま、彼の反応が、追いつかない内に。
押し付けたのは、彼の唇へと、自分のそれ。
少しだけかさかさした真っ赤な彼の薄い皮膚は、なんだか微か甘い気がした。
青い空の下で。



+++



「ちくしょう」

ごしごしと唇を拭う、袖口。
薄い皮膚が少し傷んだ気がしたけど、構わずにごしごしと執拗に。

「ちくしょう」

微か、口の中篭るようにこぼれだす言葉は、そんな取り留めもない悪態ばかりで。
だのにその言葉に滲む覇気は、微か。
微かで。
その頬は赤い。
静雄は。
殴ろうと、思っていたのだ、臨也を。
殴ろうと、思っていたのに。

―ねぇ、シズちゃん。
 俺はシズちゃんのこと、だぁいきらいだよ?

その嫌いのベクトルが、何処にあったとしても。

ついさっき聞いたばかりの臨也の声が、耳の奥で幾つものエコーのように鳴り響く。
一瞬動作を忘れた静雄に向かってひらひらとふられた細い指。
さわやかな風の下の残像。

「・・・・・・ちく、しょう・・・」

悪態は、微かだった。
高く青い、あたたかさを増していく5月の空の下で。
まだ未熟な二人は、確かに。
でも僅か。
自らに向かうベクトルを、ほんの少しだけ、感じ取る。

Fine.