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Family complex -やさしい夜-

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Family complex

-やさしい夜-




夜の闇は、全てのものを平等に包んでいる。
最近は街灯や周りの明かりで真の暗闇という訳ではないものの、しんと静まり返ったその部屋は静謐な空気が満ちていた。
ふと玄関の鍵が開けられる気配がして、菊は目を醒ました。
帰ってきたのか、と眠りの縁とで彷徨う頭で考えている間に、音の主は中に入ってきたようだ。
特に約束や予定を聞いていた訳ではないけれど、だいたい彼の仕事の終わる時刻であるし、合鍵を渡しているのは一人きりだから誰なのかは分かっている。
いや、実際はもうその足音や気配だけで判別できてしまうのだが。
ふとそこで、自分が無意識に彼が「帰ってきた」と表現した事に気づいて、思わず菊は苦笑した。
「尋ねて」きたのではなく、「帰って」きたのだ。いつの間に、自分の中の彼はそんな間柄になったのだろう。
しかもそれを自覚しても不快どころか、胸の中はむず痒いようでいて暖かく、そんな自分が不思議だ。
眠気に抗うことができず、未だ微睡みながら彼の気配に耳をそばだてていると、ふいに菊が背を向けている寝室の襖がそっと開かれた。
彼がこの家に来るときの為に、最近は就寝する時でも、居間と廊下には柔らかめの間接照明を灯すようにしている。
その光が寝室に差し込んで、すぐに消えた。
襖の閉まる音と共に、布団に彼が近寄って来る気配がしたかと思うと、おもむろに上掛けが捲られる。
何事かと思わず菊が身を固くしていると、すぐに菊より大きな身体が布団の中に潜り込んで来た。
そのまま腕を回されて、背中から抱きつかれる形になる。
「…ギルベルト、さん…?」
「悪ィ」
それだけ言って彼は口を噤み、腕は逆に痛い程に菊の身体を抱きしめてくる。
突然の事に何をする気なのかと菊は慌てたものの、ギルベルトは菊の首筋に顔を埋めるようにしたまま、動く気配がない。
それはまるで何かに必死に縋るようであったので、菊は回されている腕を労るようにそっと撫でた。
「おかえりなさい」
ん、という小さないらえがあった。
いつもの短気で粗雑な彼からすると、驚く程の弱々しさだ。
外で何かがあったのだろうか。
今まで職場の名前以外に彼の仕事について聞いたことはないが、看護師であるギルベルトの仕事は菊の想像を遥かに越える日々に違いない。
そして、とても尊い職業でもある。
とくとく、と背中から彼の心音とぬくもりが伝わってくる。
もう少ししてギルベルトが落ち着いたなら、何か暖かくてとびきり美味しいものを作ってあげようと菊は考える。眠ってしまうなら、このままでも構わない。
一見して態度は尊大だけれども、実は自分の事なんか一切顧みずに誰かに尽くしてしまうやさしいこの人を、せめてこの家では菊が甘やかしてやるのだ。
彼が、菊を求める限り。