『掌に絆つないで』第一章
Act.04 [幽助] 2019.4.1更新
三人が妙な光を浴びた翌日、魔界統一トーナメントの受付が開始された。
結局、あの光の正体はわからないままだったが、身体にはなんの異変もない。蔵馬も何も言わずにいるので、幽助はなんとなく安心していた。
トーナメント開催地に着いた直後、幽助と蔵馬は飛影を見つけ、三人で受付に向かった。
何の前触れもなく、ときどき思い出す。幻海が一度戸愚呂に倒されたとき、自分に言った言葉。
……人は、時間と戦わなければならない。
共に戦った桑原には与えられず、自分にだけ与えられてしまった膨大な時間。それは今、あまりにもゆるやかに流れていた。
人間界での蔵馬との暮らしの中で、追ってくるのは時間ではないことに気づいていた。人と、人にあらざる者との距離感。それが、幽助たちを追い詰めていて、いつの間にか、魔界にいるときのほうが落ち着くようになった。
螢子や桑原が生きていた頃は、こんな日が来るとは思っていなかった。
ふと蔵馬を見ると、幽助の視線に気づいて、彼は目を細める。その瞬間、幽助は魔界に帰ってきたときと同じように安心した。自然に口元が緩む。いつもこの笑顔を見ることで、まだ人間界に留まれそうだと息をつけたのだ。
ところがそのあと、前に向き直った蔵馬の視線は一点に釘付られ、普段見せない光を帯びた。
茶色い瞳が光にあたって、緑に見える。そして、微かに揺れた。
「……く…………ぬえ……」
小さく漏れる蔵馬の声。かすれて、ほとんど聞こえなかったが、誰かの名前のようだった。
蔵馬の視線の先に目をやるが、何を見ているのかすぐにはわからなかった。しかし、雑踏の中の一人が蔵馬の視線に気づき、こちらを向いた。
透き通るような白い肌に似合わない、異様なほど黒い瞳、長い黒髪、衣服も黒っぽく、なによりも背中の漆黒の羽根が黒のイメージをより強調する。そんな容姿の背の高い男が、蔵馬の視線の先にいた。
彼はゆっくり、こちらに近づいてきた。そして、まっすぐ蔵馬の目前まで歩み寄る。
「くろぬえ……?」
蔵馬が再度つぶやく。男を見上げるその瞳は、呆然として、信じられないものを見る目だった。
目前まで来て、男は蔵馬をじっと見つめた。
「くらま……か?」
予想外にハスキーな声が、彼の口から漏れる。
それを聞いた直後、蔵馬の瞳が今度は目に見えて激しく、揺れた。
「……判るのか」
「やっぱり、蔵馬なんだな……判るさ。ずっと、探してたんだ」
「……生きていたのか、黒鵺……。幻じゃ…ないんだな……?」
「ああ、ここにいる。本物だ」
黒鵺と呼ばれた男は、穏やかに笑みをこぼした。
つられるように、蔵馬も微笑む。泣き出しそうな潤んだ瞳を黒鵺に向け、微笑む口元は震えていた。
そんな蔵馬の顔は、今まで見たこともなかった。
「蔵馬……、知り合いか…?」
幽助は素直な疑問を投げかけてみたものの、実は動揺していた。
すぐ隣にいるのに、蔵馬が遠くにいるような気がして、自分の言葉が届くかどうか不安だったのだ。
けれど、蔵馬はすぐ反応を示してくれる。いつもと同じように。
「ああ、昔の仲間なんだ……もう何百年も前の…」
蔵馬はそう応えた後、黒鵺に語りかけた。
「黒鵺。幽助と、飛影だ。オレがお前と離れてた間に出会ったんだ。この姿になってからね」
「蔵馬、二人で話したい」
黒鵺は幽助たちに視線を向けることもせず、蔵馬の言葉さえ完全に無視してそう言った。
「俺は700年、お前を探し続けていた。この大会に興味があるわけでもない。お前の噂を聞いたから来たんだ」
蔵馬は顔をこわばらせた。自分たちに気を遣ってのことだとはすぐに気づいたが、当然、幽助は初対面の男の態度にカチンときて、苛立ちを隠せずにいた。だが、彼ももう子どもではないつもりだ。700年ぶり、というのが見当もつかない幽助は、自分が口出ししてはいけないことだと感情を押し殺した。
言葉を探す蔵馬に対し、幽助は「受付、してくるわ」と短くつぶやいた。
「……ああ…すまない」
……蔵馬が謝ることじゃねえのに。
何も言わず、すでに歩を進めていた飛影に追いつきながら、幽助は納得いかない気持ちでその場を離れた。
作品名:『掌に絆つないで』第一章 作家名:玲央_Reo