『掌に絆つないで』第一章
Act.06 [コエンマ] 2019.4.16更新
頭の痛い話だ。
気分よく目覚めたかと思えば、ぼたんが案内してきた人物の報告に、コエンマはどうしようもなく頭を抱えるほかなかった。
魔界は広く、深く、霊界ではまるで統治しきれていないというのに、魔界と人間界の境に生じた不穏な動きが魔界へ良からぬ影響を与えているらしい。
次元の狭間から、冥界のエネルギーが漏れていたのだ。
かつて、霊界、人間界、魔界……三つの世界を脅かした、冥界という世界が存在した。
本来、人間界の上に霊界、魔界の上に冥界が君臨する形で、それぞれの世界はバランスを保っていた。ところが、冥界は魔界のみならず人間界からも負のエネルギーを取り込み、強大かつ邪悪な力を手に入れた。その邪悪な力を以って、かつての冥界の王は魔界、人間界、霊界を手中に治めようとしたが、それに気づいた霊界は先手を打ち、冥界の力の源である『冥界玉』を封印した。冥界玉が封印されたため冥界の王は力を失い、それにより冥界という世界そのものが形態を維持する力を失くした。
しかし、冥界が蓄えた負のエネルギー……冥界エネルギーは容易く消え去ることはなく、今も原形のない冥界の大地で存在し続けているという。
霊界は冥界エネルギーが漏れ出さないよう、かつての冥界に繋がる亜空間内部に結界を張り、さらにその上を覆うような形で結界の存在さえも隠し、完全に封じ込めたはずだった。
にもかかわらず、人間界に潜伏させていた霊界案内人ひなげしの報告によると、今、その封印は弱まり、隠されたはずの結界が露になっている。それだけでなく、すでに強力な冥界エネルギーを発する何かが、魔界へ流れ込んでしまった。
その何かの正体として、もっとも考えられるものは冥界玉。この冥界玉は、その特殊な力ゆえに『復活の玉』とも呼ばれている。
「何者か……おそらく冥界の住人が復活を遂げ、冥界の王を蘇らせようとしているに違いありません」
ひなげしが強い口調で訴えた。
「冥界玉をどう使えば、王を復活させられるのだ?」
「それほど難しいことではありません。いくつかの条件を揃え、冥界の者が冥界玉を持ち王の復活を願えば……何日もかからないと思います」
「魔界に流れたと言ったな。もし、凶悪な妖怪が手にすればどうなるのだ」
「おそらく、その者の欲望を実現させることができます。冥界の王を復活させる力は、並大抵のものではありません。場合によっては、凶悪な妖怪を目覚めさせるかもしれません。一刻も早く、冥界玉を封印する必要があります!」
今、魔界ではトーナメント準備が着々と進んでいる。魔界でもっとも浅く人間界に近い場所へ猛者どもが集結する時期。
よりによってそんな時に、恐ろしいエネルギーが魔界に流出するとは。
コエンマはさらに頭を抱えたが、こうしてはいられない。
「コエンマさま…幽助たちに」
ぼたんが進言する。
「ああ……頼らざるを得まい」
重い腰を上げつつも、ふと懐かしい顔ぶれを思って頬が緩んだ自分に苦笑が漏れる。
月日を経ても、頼れるのはあいつらしか浮かばんとは、ワシも成長せんな。
幽助に会うのは、桑原に続いて雪村螢子が霊界を旅立ったとき以来か。あれからもう、十何年経ったかな。
魔族の血を引いていない螢子や桑原は、ほかの人間たちと同様、短い寿命を終えていた。冥獄界へ向かった戸愚呂や、霊界を拒んだ仙水とは違い、彼らの魂はいずれまたこの世に戻ることだろう。
また会おうぜ。
コエンマにそう言い残して去っていった桑原。その姿は、本当にまた会えるような、そんな錯覚さえ感じさせた。
「よし、行くぞ。ぼたん、ひなげし、ついて来い」
「はい!」
コエンマは案内人の二人を連れて、魔界へ向かった。
作品名:『掌に絆つないで』第一章 作家名:玲央_Reo