震える手、凍える指先
心臓を鷲掴む様な絶叫に身体が竦む。
声を上げたのは、天城。
里中がアギラオをモロに食らって倒れた瞬間だった。
「ヨースケ危ないクマ!」
クマのナビにはっとなり視線を戻す。
シャドウの爪が凪ぐ様に襲い掛かってくる。
反応できずにいる俺の横から割り込んできた矢上の日本刀が、下から上に振り上げられ爪を弾き返す。
矢上が放つ雰囲気が変わった。ペルソナを変えたんだ。
「―――電光石火!」
敵全体へ浴びせられる物理属性の攻撃。
残っていたシャドウが一掃された。
「怪我、無かった?」
こちらを振り向いた矢上が聞いてくる。
「…あ、ああ…。わり、なんか頭ん中…真っ白になっ―――」
「嫌よ千枝っ、お願い目を開けて…!返事してよぉ!」
言葉の途中に、天城の悲痛な声が被った。
俺と矢上は慌てて里中の元に行く。
天城がぐったりした里中の身体を揺さぶっている。
「天城落ち着けって…」
「千枝…千枝…!ねぇ千枝!」
声を掛けるが天城には全く届いていないようで、ひたすら名前を呼び続けている。
取り乱す天城をみてクマがおろおろしている。
「花村、天城を里中から放して」
「わ、わかった。…天城、ほら、ちょっとこっち来い……」
「いやっ、花村君…っ、放して、放してお願い!」
矢上の落ち着いた声に指示され、俺は興奮した天城を羽交い絞めにする様に里中から引き離す。
天城を引きずるように離すとすぐに矢上が里中の様子をみる。
「……大丈夫、息はある」
そう言って、地返しの玉を取り出し里中へ向けて掲げる。
光が里中の身体を包む。
乱舞する光に天使の羽根を幻視する。
「………ん、…うぅ…」
里中の呻く声がした。
「…千枝…」
天城が涙声で呟く。
「いったた…。ったく、酷いなぁ…」
「…大丈夫?立てるか?」
先程までぐったりしていたのが嘘のように、里中が矢上の手を借りて立ち上がる。
「千枝…っ!」
俺の腕を振り解いて天城が里中に駆け寄り、抱きついた。
「わっ、ちょ、雪子…っ」
「千枝…!千枝…!」
泣きじゃくる天城に、里中は戸惑っていたが、
「……ごめん、心配させちゃったね。……でもほら、もう大ジョブだから、ね?だから泣かないで、雪子…」
天城の背中を撫でて宥める。
その様子を眺めていた矢上が俺を見た。
「……今日の探索はここまでにしよう」
恐らく、動揺しまくりの天城と、里中の身体を思ってのことだろう。
「ああ、そうだな」
矢上の提案に異存は無く、頷いて答えた。
◆
「雪子、あたし大丈夫だよ?」
「ダメ、送っていく」
一人で帰れるという里中の言葉を一蹴し、天城が里中の腕を掴む。
「……えーっと…じゃあ…お言葉に甘えて、雪子に送ってもらおっかな…」
たじたじの里中がそう言うと、天城は満足そうに頷いた。
「…それじゃあ、お疲れ様。また明日ね」
「おつかれー。また学校でね」
「おう、またな」
「気をつけて」
フードコートで里中達と別れた。
「…はぁ、んじゃ、俺らも帰りますか」
椅子から立ち上がり、軽く伸びをする。
「………」
「?」
相棒の返事が無い。
視線を向けると、矢上はテーブルに両肘をついて祈るように組み合わせた手に、額を当てて目を閉じていた。
その横顔に疲労の色が濃く出ている。
「………お前、かなり疲れてんじゃないか?」
そう言って、何気なく矢上の手に触れる。
「―――――」
少し、驚いた。
矢上の手は、微かにだけど震えていて…。
「お前―――」
「……驚いた。…死なせたかと、思った」
俯いたまま、矢上がぽつりと零した。
問うまでもない。里中のことだ。
「……ああ……あれはビビったな…」
再び椅子に腰掛け、その背もたれに身体を預け宙を見る。
今までで、一番危なかったと思う。
別に、特別な強敵を相手にしていた訳じゃない。
普通のシャドウ相手に、いつも通り戦っているつもりだった。
なのに…里中は死にそうになった。
改めて思った。
死と、隣り合わせの場所にいるのだ、と。
いや、本当は何もわかっていなくって、今日初めて知ったのかもしれない。どれだけ危険なことをしているのか。
「……里中が倒れた瞬間、何を考えた?」
問われ、視線を矢上に移す。
「何、って…」
「俺…花村の事考えたんだ…」
思いがけないところで出た俺の名前にドキリとする。
「里中が倒れて、これだけショックなんだ。…もし倒れたのが花村だったら…どうなってただろう、って…。天城みたいに取り乱していたのは、俺の方かも知れない…。一瞬でもそう考えたら……それから、止まらなくなって…」
矢上が落とした視線の先には、震えている自身の手があった。
「………矢上…」
手を伸ばして、震える矢上の手をぎゅっと握った。
「は、花村…」
「……あの後、いつもみたく冷静に振舞ってたから気付かなかった…。矢上も怖かったんだな…。当たり前だよな…」
仲間が倒れるのを目の当たりにして、冷静でいられる訳が無い。
戦慄して当然だ。
「………、花村の手…冷たい…」
俺の言葉からしばらく沈黙していた矢上が呟いた。
「ん?…ああ、…まだ血の気引いてんのかもな…」
苦笑して言うと、矢上が不思議そうに俺を見た。
「…実は俺も、里中がやられた瞬間、お前と同じこと考えたんだ…。もし矢上だったら…ってな。縁起でもねぇからそんなマイナスイメージすぐに振り払ったんだけど、そしたら逆に頭ん中真っ白になっちまってさ…。そん時からどーも血の気が引きっぱなしというか…」
ははは、と笑って誤魔化すけど、乾いた笑いになってしまった。
「それで戦闘中にぼんやりしてたのか…」
「スンマセン…。でもマジ、あん時は助かった。ありがとな、相棒」
礼を言うと、矢上はこくりと一つ頷いて応える。
そして不意に、握っていた手が動いた。
手の甲を握る形だったが、掌を上にしたので俺と手を繋ぐ形になる。
「ちょ、」
「…俺、体温低めだからあったかくないかも知れないけど…少しはマシ?指先」
「―――――、」
…真剣な矢上に対して…不謹慎、かも知れない。
でも、甲をくるりとひっくり返し、きゅ、と手を握ってくる矢上が…ちょっと可愛いとか思ってしまった。
鼓動が早くなって、手どころか全身の体温があがる。
手ェ握っただけで舞い上がってるとか、どんな純情少年だよ俺!と内心自分にツッコミを入れる。
テンパっていて、どれくらい時間が流れたのかも分からなかったけど、いつしか矢上の手の震えも止まり、俺の指先も体温を取り戻していた。
「……きっと、この為の仲間なんだ」
「え?」
「…身体が震えるなら、支え合えばいい。指先が冷えるなら、体温分けてもらえばいい…だろ?」
「…だな」
今日は珍しくよくしゃべる相棒に、俺は頷いて応えた。
「……明日も頑張れそうだ」
「…俺も」
触れ合う指先に、今更のように照れ臭さを感じてお互いにはにかみ笑う。
矢上の手が俺から離れた。
「…じゃあ、また明日」
「おう、またな相棒」
熱くなった手のひらを軽くあげて、挨拶。
人込みに紛れて行く背中を見送る。
身が竦む様な体験を勇気に変えて、明日も一緒に進もうと心に誓った。
END
作品名:震える手、凍える指先 作家名:simro