もらい泣き
「―――エブリディ・ヤングライフ♪ジュネス♪」
ぼんやりと眺めていたテレビから、お馴染みのCMが流れる。
反射的に、テーブルの向かいの席を見る。
いつもこのCMの歌を楽しそうに歌っていた菜々子は………いない。
ソファに視線を移す。
堂島の姿も、ない。
二人は今、病院だ。
静かな部屋に聞きなれた声が響くことは無く、ただ、テレビの音が流れるばかり。
「テレビ」という単語が、二人が入院する原因となった嫌な記憶に触れる。
それをかき消すように、リモコンのオフボタンを押しテレビを黙らせた。
「……………」
静まり返った部屋。
―――風呂に入って、もう寝よう…
余計な事を考えてしまう前にそう決めた。
―――PiPiPiPiPi…
ポケットの携帯が鳴った。
開いた携帯の窓に表示されたのは「花村陽介」の名前。
「―――よぅ、相棒。今…暇?忙しい?」
キーを押して耳に当てると、聞きなれた声がそう尋ねてきた。
特に何もしていないので暇だと答えた。
「―――そっか、よかった。今から、お前んち行ってもいいか?」
陽介の言葉に、何となく時計を見てみる。
針は22時をさしていた。
人を訪ねるには遅い時間だ。
何か急ぎの用事だろうか。
兎に角、誰もいないし何もしていないので問題はない。
別に構わないと告げると、
「―――そっか。…って、実はもう玄関の前にいたりするんだけどな?」
少し笑いながら言う陽介。
携帯を持ったまま、玄関へ行き鍵を開けると、右手に携帯、左手にジュネスのビニール袋を持った陽介が立っていた。
「よぅ、相棒」
そう言って笑う陽介。
お互い携帯を切り、陽介を中へ通した。
「お邪魔しまーす。うー夜は更に冷えるよなー」
そう言ってこたつに入り冷えた手を温めている。
コーヒーを淹れて陽介に出してやり、何かあったのか聞いてみた。
「ん?あー、ちょっとな。…あそうだ、これ。来週発売のお菓子なんだけどさ、けっこー旨いの。ほれ、食ってみ?」
ジュネスのビニール袋からスナック菓子を取り出し開けると、俺に勧めてくる。
言われるままに、お菓子を摘んで食べてみる。
…確かに、旨い。
「な?旨いだろ?まだ店に並んでないし、一番乗りだぜ?俺ら♪」
陽介も同じようにお菓子を食べながら笑う。
しばらく、お菓子を食べながら他愛の無い会話をした。
◆
「…おーい、矢上?」
名前を呼ばれ、はっと我に返る。
話を聞いているうちに、ぼんやりとしてしまっていたようだ。
「途中から聞いてなかっただろー?オチ聞き逃すってどーなの?」
不満そうな陽介に、素直に謝った。
「…はぁ」
陽介が、小さくため息をついた。
怒らせてしまっただろうか。
「…お前さ、あんま無理すんなよ?…お前が今辛い事は俺達みんな知ってるし、何も隠さなくっていいんだからさ」
怒らせたかと思った陽介から出た言葉は、逆に俺を気遣うものだった。
「ほれ、言いたいこととか、言ってみ?俺がぜーんぶ聞いてやっから」
陽介が顔を覗き込んでくる。
どうやら今日尋ねてきたのは、俺を心配しての事のようだ。
心配をかけ済まないと思い、俺は大丈夫だと笑って伝える。
「………」
陽介が、もう一つため息をついた。
「………このやろっ」
「!」
むすっとした陽介が突然、俺の頭をがしがしと乱暴に撫でた。
思いがけない陽介の攻撃(?)を、防ごうと必死になる。
髪を乱す手から逃れようと仰け反った瞬間、後ろに倒れそうになった。
陽介の腕がのびてきて俺の服を掴み、転倒を免れた。
が、そのまま強く引っ張られて、今度は前のめりになる。
そのまま陽介の胸に突っ込み、抱きとめられた。
慌てて身体を起こそうとするが、陽介の腕がそれを許さない。
「…お前、我慢しすぎ」
陽介が、ぽつりと呟く。
「そんな…、そんな無理した笑顔作らせる為に来たんじゃねぇんだよ俺はっ」
少し強い口調…でも怒りではなく思いやりを感じる声音で続ける。
「お前は確かに強いよ、すげぇよ。俺達の頼れるリーダーだよ。…でもお前だって、俺達と同じ様に、思ってる事や悩んでる事とか沢山あるはずだ。普段口数少ない方だから忘れそうになるけどさ…。たまにはさ……いいんじゃねぇの?言いたいこと、全部ぶちまけても。初っ端から自分の汚い部分とか曝け出す羽目になって、お前の前で大泣きして、殴り合いまでして、お前に色々見られてもう恥ずかしいことなんか何も無い!って感じの俺になら、少しくらい……本音、聞かせてくれるだろ…?」
陽介の優しい声が、胸に染み込んでいく。
隅に追いやって、考えない様に、見ない様にしていたものが、溢れてきた。
「……花村、俺…」
絞り出した声は、掠れていた。
「俺……菜々子ちゃんを…堂島さんを…巻き込ん…っ」
言葉にした途端、涙がぽろぽろと零れた。
「全部……俺……所為…で……」
嗚咽ばかりがもれ、上手く言葉にならない。
この事件を解決する為に、一生懸命やってきたつもりだった。
上手くやれていると、そう思っていた。
でも、二人がいないこの家に帰る度に、思い知らされた。
傲慢だったと。
思い上がりだったと。
その事実を目の当たりにしてもなお、進まなくてはならない毎日。
急激に擦り減ってゆく心。
知らなかった。
目を背けていた胸の傷は、いつしかこんなに広がっていて、こんなにも酷く痛む。
涙は、その傷から流れ出す血の様に、止まらない。
「…ずっと…ずっとそうやって、自分責めてたのか…。馬鹿だな…誰もお前の所為だなんて、思ってないのに…」
陽介の声が、少し涙声になっている。
背中に回された腕に力が入り、強く抱きしめられた。
「前のお返しだ。しばらく胸、貸しといてやる」
そう言って、子供にする様に、頭をぽふぽふと撫でられる。
陽介の優しさがくすぐったい。
でも、今はただ、その優しさに甘えて泣き続けた。
◆
「…少し冷たい」
やっと涙が引き陽介の腕から開放され、冷めたコーヒーを淹れ直して来た俺に、陽介がぼそっと言った。
どうやら涙で服を濡らしてしまったようだ。
花村が泣いた時俺もそうだった、と言うと、
「はは、お互い様ってことか」
そう言って笑う。
つられて笑顔になる。
無理に作った笑顔ではなく、自然に零れた笑顔だ。
コーヒーを置いてこたつに入る。
ふと、視線を感じて陽介の方を見ると、じーっとこちらを見ている陽介と目が合った。
「………目が赤いな。泣き腫らした顔のお前って、けっこーレアなんじゃね?」
先程顔を洗ってきたが赤みは簡単には引かなかった。
泣きすぎて目の下が少しヒリヒリする。
まじまじとこちらを見てくる陽介に少し気恥ずかしくなって、花村の目だって赤いと指摘してごまかす。
「ん、あー、なんか…見てたらもらい泣き?しちゃってさ…」
照れ笑いを浮かべる。
もらい泣きするのは優しい証拠だ、と言うと、
「お、やっぱ分かる?分かっちゃう?さっすが俺の相棒♪
…でも、そんな素直に言われちゃうと、ちょっと照れるっつーか…。
あそーだ、今度そういうこと言うときは、クマのモノマネでもしながら言うってのはどうよ。
ヨースケは優しさでできてるクマね~、とかなんとか」
陽介は本気で照れているらしく、少し赤い頬で茶化している。
ぼんやりと眺めていたテレビから、お馴染みのCMが流れる。
反射的に、テーブルの向かいの席を見る。
いつもこのCMの歌を楽しそうに歌っていた菜々子は………いない。
ソファに視線を移す。
堂島の姿も、ない。
二人は今、病院だ。
静かな部屋に聞きなれた声が響くことは無く、ただ、テレビの音が流れるばかり。
「テレビ」という単語が、二人が入院する原因となった嫌な記憶に触れる。
それをかき消すように、リモコンのオフボタンを押しテレビを黙らせた。
「……………」
静まり返った部屋。
―――風呂に入って、もう寝よう…
余計な事を考えてしまう前にそう決めた。
―――PiPiPiPiPi…
ポケットの携帯が鳴った。
開いた携帯の窓に表示されたのは「花村陽介」の名前。
「―――よぅ、相棒。今…暇?忙しい?」
キーを押して耳に当てると、聞きなれた声がそう尋ねてきた。
特に何もしていないので暇だと答えた。
「―――そっか、よかった。今から、お前んち行ってもいいか?」
陽介の言葉に、何となく時計を見てみる。
針は22時をさしていた。
人を訪ねるには遅い時間だ。
何か急ぎの用事だろうか。
兎に角、誰もいないし何もしていないので問題はない。
別に構わないと告げると、
「―――そっか。…って、実はもう玄関の前にいたりするんだけどな?」
少し笑いながら言う陽介。
携帯を持ったまま、玄関へ行き鍵を開けると、右手に携帯、左手にジュネスのビニール袋を持った陽介が立っていた。
「よぅ、相棒」
そう言って笑う陽介。
お互い携帯を切り、陽介を中へ通した。
「お邪魔しまーす。うー夜は更に冷えるよなー」
そう言ってこたつに入り冷えた手を温めている。
コーヒーを淹れて陽介に出してやり、何かあったのか聞いてみた。
「ん?あー、ちょっとな。…あそうだ、これ。来週発売のお菓子なんだけどさ、けっこー旨いの。ほれ、食ってみ?」
ジュネスのビニール袋からスナック菓子を取り出し開けると、俺に勧めてくる。
言われるままに、お菓子を摘んで食べてみる。
…確かに、旨い。
「な?旨いだろ?まだ店に並んでないし、一番乗りだぜ?俺ら♪」
陽介も同じようにお菓子を食べながら笑う。
しばらく、お菓子を食べながら他愛の無い会話をした。
◆
「…おーい、矢上?」
名前を呼ばれ、はっと我に返る。
話を聞いているうちに、ぼんやりとしてしまっていたようだ。
「途中から聞いてなかっただろー?オチ聞き逃すってどーなの?」
不満そうな陽介に、素直に謝った。
「…はぁ」
陽介が、小さくため息をついた。
怒らせてしまっただろうか。
「…お前さ、あんま無理すんなよ?…お前が今辛い事は俺達みんな知ってるし、何も隠さなくっていいんだからさ」
怒らせたかと思った陽介から出た言葉は、逆に俺を気遣うものだった。
「ほれ、言いたいこととか、言ってみ?俺がぜーんぶ聞いてやっから」
陽介が顔を覗き込んでくる。
どうやら今日尋ねてきたのは、俺を心配しての事のようだ。
心配をかけ済まないと思い、俺は大丈夫だと笑って伝える。
「………」
陽介が、もう一つため息をついた。
「………このやろっ」
「!」
むすっとした陽介が突然、俺の頭をがしがしと乱暴に撫でた。
思いがけない陽介の攻撃(?)を、防ごうと必死になる。
髪を乱す手から逃れようと仰け反った瞬間、後ろに倒れそうになった。
陽介の腕がのびてきて俺の服を掴み、転倒を免れた。
が、そのまま強く引っ張られて、今度は前のめりになる。
そのまま陽介の胸に突っ込み、抱きとめられた。
慌てて身体を起こそうとするが、陽介の腕がそれを許さない。
「…お前、我慢しすぎ」
陽介が、ぽつりと呟く。
「そんな…、そんな無理した笑顔作らせる為に来たんじゃねぇんだよ俺はっ」
少し強い口調…でも怒りではなく思いやりを感じる声音で続ける。
「お前は確かに強いよ、すげぇよ。俺達の頼れるリーダーだよ。…でもお前だって、俺達と同じ様に、思ってる事や悩んでる事とか沢山あるはずだ。普段口数少ない方だから忘れそうになるけどさ…。たまにはさ……いいんじゃねぇの?言いたいこと、全部ぶちまけても。初っ端から自分の汚い部分とか曝け出す羽目になって、お前の前で大泣きして、殴り合いまでして、お前に色々見られてもう恥ずかしいことなんか何も無い!って感じの俺になら、少しくらい……本音、聞かせてくれるだろ…?」
陽介の優しい声が、胸に染み込んでいく。
隅に追いやって、考えない様に、見ない様にしていたものが、溢れてきた。
「……花村、俺…」
絞り出した声は、掠れていた。
「俺……菜々子ちゃんを…堂島さんを…巻き込ん…っ」
言葉にした途端、涙がぽろぽろと零れた。
「全部……俺……所為…で……」
嗚咽ばかりがもれ、上手く言葉にならない。
この事件を解決する為に、一生懸命やってきたつもりだった。
上手くやれていると、そう思っていた。
でも、二人がいないこの家に帰る度に、思い知らされた。
傲慢だったと。
思い上がりだったと。
その事実を目の当たりにしてもなお、進まなくてはならない毎日。
急激に擦り減ってゆく心。
知らなかった。
目を背けていた胸の傷は、いつしかこんなに広がっていて、こんなにも酷く痛む。
涙は、その傷から流れ出す血の様に、止まらない。
「…ずっと…ずっとそうやって、自分責めてたのか…。馬鹿だな…誰もお前の所為だなんて、思ってないのに…」
陽介の声が、少し涙声になっている。
背中に回された腕に力が入り、強く抱きしめられた。
「前のお返しだ。しばらく胸、貸しといてやる」
そう言って、子供にする様に、頭をぽふぽふと撫でられる。
陽介の優しさがくすぐったい。
でも、今はただ、その優しさに甘えて泣き続けた。
◆
「…少し冷たい」
やっと涙が引き陽介の腕から開放され、冷めたコーヒーを淹れ直して来た俺に、陽介がぼそっと言った。
どうやら涙で服を濡らしてしまったようだ。
花村が泣いた時俺もそうだった、と言うと、
「はは、お互い様ってことか」
そう言って笑う。
つられて笑顔になる。
無理に作った笑顔ではなく、自然に零れた笑顔だ。
コーヒーを置いてこたつに入る。
ふと、視線を感じて陽介の方を見ると、じーっとこちらを見ている陽介と目が合った。
「………目が赤いな。泣き腫らした顔のお前って、けっこーレアなんじゃね?」
先程顔を洗ってきたが赤みは簡単には引かなかった。
泣きすぎて目の下が少しヒリヒリする。
まじまじとこちらを見てくる陽介に少し気恥ずかしくなって、花村の目だって赤いと指摘してごまかす。
「ん、あー、なんか…見てたらもらい泣き?しちゃってさ…」
照れ笑いを浮かべる。
もらい泣きするのは優しい証拠だ、と言うと、
「お、やっぱ分かる?分かっちゃう?さっすが俺の相棒♪
…でも、そんな素直に言われちゃうと、ちょっと照れるっつーか…。
あそーだ、今度そういうこと言うときは、クマのモノマネでもしながら言うってのはどうよ。
ヨースケは優しさでできてるクマね~、とかなんとか」
陽介は本気で照れているらしく、少し赤い頬で茶化している。