三次元ボーカロイド(仮)
何も武器を持っていないが、秋弘は映画やアニメでよく聞く「怪しい人物に対する第一声」を発した。
そして、その「怪しい人物」も武器を持っていない秋弘の言う事に従い、這いつくばったまま後頭部に両手をつけた。
「………」
秋弘は、「怪しい人物」を再び観察する。
―――最近見たことがある人物の様な気が…
その時、秋弘の耳に兄の部屋のドアが開閉する音が聞こえた。
「やばっ!お、おいお前っ、早くベッドの下にもぐれっ」
「えっ、あ、は、はいっ」
慌てる秋弘に急かされ、「怪しい人物」は慌ててベッドの下へ転がり込む。
「おい秋弘!何暴れてんだようるせーぞっ」
同時に、兄が部屋に乗り込んできた。
「ご、ごめん、ちょっと椅子に足引っ掛けて転んだんだよ。…ってかノックしてって言ってるだろっ」
「……ったく…」
それだけ言うと、気が収まったのか兄は部屋へと戻っていった。
「………あっ」
兄が出て行き、部屋の扉が閉じてから数秒して、秋弘は「怪しい人物」について、ドコで見たのかを思い出した。
机の前に戻り空っぽの箱を手に取る。
「……これだ…」
―――VOCALOID KAITO
箱に描かれている絵を見る。
蒼い髪、マフラー、白い服…。
特徴は一致している。
―――KAITOに似た幽霊、って聞いたことないなぁ…
そんな事を考えていると、
「…あ、あの…」
「うぁっ」
ベッドの下から声がして、慌ててそちらへ向き直る。
「もう出てもいいですか…?マスター…」
「………」
秋弘はどうすればいいのか迷った。
あからさまに怪しい人物、というか、幽霊?に対し、気を許してはならない。
でも、話している感じからはそんな悪意のあるモノの様には思えなかった。
「……出てきていいけど…。で、でも、床に這ったままの姿勢で居ろよっ」
「は…はい…」
力ない返事をして、ベッドの下からソレが這い出てきた。
言われたとおり、這い出てから頭の上に両手を置いて、大人しくしている。
「………お前って……幽霊なの?」
秋弘は思い切って、ソレに質問してみた。
「…幽霊…じゃないです…」
「じゃあ何」
「………ボーカロイド、です…」
「………」
思わず、机の上のパッケージに視線を移す。
「……カイト?」
「は、はいっ、マスター」
不意に名前を呼ばれ、ソレが嬉しそうに身を起こして返事をした。
「ば…っ、う、動くなって言ってるだろっ」
突然動いたカイトに対し、思わずビクっとなってしまった秋弘は、カイトに怒鳴って羞恥心を隠す。
秋弘は幽霊とかそういった類のものが人一倍怖くて苦手だった。
だから、目の前のカイトが幽霊の類だと思うと怖くて仕方が無い。
それを隠すために必死に虚勢を張る。
「…す、すみません、マスター」
カイトは再びうつ伏せになる。
「………仕様、じゃないよな…」
「え?」
「画面から抜け出してくるのは仕様じゃないよな、って聞いてんのっ」
「…は、はいっ……そういった機能はついてない…はずです…」
「………」
秋弘は再び悩む。
流石に、ずっとこのまま居るわけにはいかない。
―――よし、すり抜けたら幽霊、すり抜けなかったら幽霊じゃない、ってことにしよう…
内心でそうルールを決めると、うつ伏せで大人しくしているカイトに、ゆっくりと近づいた。
それ以前に、彼を蹴飛ばした時点で触れる事ができるのは証明されていたが、夢中でキックしていた秋弘はもちろん覚えていない。
傍にしゃがむと、そっと肩の辺りに触れてみる。
「………、」
カイトが、不思議そうに秋弘を見つめる。
紛れもなく、人間の感触だった。
秋弘はふーっと深いため息をついた。
「……もう起きていいよ」
「…?……は、はい」
よく分からないが、秋弘の許可が下りたので、カイトはゆっくりと身を起こしてそこに正座する。
「………」
「………」
お互いがお互いをじっと見る。
秋弘はカイトへの疑念を、カイトはマスターに出会えた感動を、それぞれ視線にこめて。
「……あのさ、ホントに…ボーカロイドなの?」
「はい。…あ、初めまして、カイトと申します。……あの、マスターのお名前を聞いてもいいですか?」
「……秋弘。須山秋弘」
自己紹介をし、おずおずと質問してきたカイトへ名前を告げると、
「須山秋弘さん、ですか…秋弘さん…秋弘さん…」
何度もその名前を、大切な呪文の様に呟く。
「あ、あの、僕、ずっとマスターを探していました…。だから会えてすごく嬉しいです。だから……だからどうかっ!秋弘さんっ!マスターをやめないで下さいっ!
お願いします!!」
がばっ!と、カイトが頭を下げた。
正座なので、いわゆる土下座をしている事になる。
「え、ちょ…」
カイトの行動に驚き、困惑する秋弘。
―――これって…さっきアンインストールしようとしてたの見られてた…ってことだよな…
カイトは頭を下げたまま、動かない。
「………」
流石にここまでされて、それでも消そうとは思わない。
確かに、オークションに出そうとまで考えていたが、貰い物なので出品しないと損をする訳でもない。
「…わかったよ。消したりしないから。だからもう頭あげろって。…なんか居心地悪いから…」
秋弘の言葉に、カイトは再びがばっ!と勢いよく頭を上げた。
「ほ、本当ですか!?ここに居てもいいんですかっ!?」
その勢いに気圧されながら、秋弘はコクリと頷いた。
「~~~~~っ!あ、有難う御座いますっマスター!」
「のぉあああああああ!!」
瞬間、カイトの顔が満面の笑みへと変わり、秋弘に遠慮なく飛びついてきた。
カイトより小さな秋弘は、絶叫しながらカイトに抱きすくめられたまま後ろへ倒れこんだ。
この後、秋弘の絶叫を聞いた兄が再び部屋に怒鳴り込んで来たが、素早くカイトをベッドの下へ押し込み事なきを得た。
END
作品名:三次元ボーカロイド(仮) 作家名:simro