雨の日のミステリ
でも、部活でしかあの人を独占したりできないから、少しだけがっかりする。
少しだけ、少しだけだ。
決して顔には出さないけれど、出していないけれど。
だから、当の本人が
「いきなし暇なったなあ、うちでも来る?」
と、他でもない自分に向って普通に言い放ったときに、びっくり、のほうを顔に出してしまった。
ゲームは弟にとられていて、部屋にないから、とどうでもいい前置きをされ、謙也の自室に招かれる。
スチールの勉強机の上に、ごちゃっと積まれたプリントだとか、そういった何気ないところに、主の片鱗を見つけてしまう。
きっと、朝慌てて鞄の中を整理して出たのだろう、と容易に推測出来て、それだけでちょっと楽しいから、ゲームなんかなくてもいい。
「どうする、なんかDVDでも……あ、先に飲みもんとか持ってくるわ、適当になんでもつけといてええよ」
「はあ、勝手に見てますよ」
ドアをばたん、と閉めるのは謙也の癖。傷むからやめろ、と部室でもよく白石に叱られている。
ばたん、の音に反応するようになったのは、その場所にきっと謙也がいるから、探す手間が省けるから。
謙也の部屋のテレビは、子供の個室用にしては大きくて、生意気にもCS対応だ。
ぼんぼんやな、と何の感慨もなく財前は思った。どうせうちにいたって、謙也はそこまで熱心にテレビをチェックするわけでもないのに。
財前の部屋のそれよりも、ずっと色鮮やかに映るテレビの光を浴びながら、DVDのラックを漁る。
と、テレビから聞こえてくるセリフに、なんとなくひっかかって顔をあげた。
流れていたのはドラマ、でも最近の流行りじゃなくて、けど見たのは最近のような、ああ、これ。
「財前、開けてー」
部屋の外から、謙也の声が響いて、財前は誰に見られているわけでもないのにわざと面倒くさそうに立ち上がった。
「いやあ、おかんが友達来てんやったらこれも持ってけ、てうるさくてな」
「謙也さんのお母さんは気が利くんやな、子供はこれやのに」
「どういう意味や!」
ドアを開けた途端にしゃべり出す謙也の手には、大きめのお盆、その上に大量のクッキー、ビスケット、チョコレート。
甘いものばっかりなのは、わざとだろうか。
ちらりと謙也を窺うが、果たしてこの人が自分の嗜好など知っていたかすらよくわからない。
「あれ、なんか面白いんやっとった? こんな時間やけど」
つけっぱなしのテレビが映しているのが、DVDではなくテレビ放送だと気づいた謙也が不思議そうに画面に近づく。
目え、悪なんで。
「や、なんや見たことあるなあ、って思って思い出してたところっすわ」
「これ、なに、再放送? こんなん普段見てんの?」
まだ始まったばかりのこの段階で、見慣れていない人は何の番組かも思い浮かばないのだろう。
だって、肝心の事件がまだ起こっていない。
「二時間ドラマのサスペンスですよ。なんとかいうミステリ作家のシリーズもんのやつ。兄貴の嫁さんが好きでよう見てんねん」
「あー、よく夜やってるやつ?」
「そうそう」
「へえ、俺見たことないなあ、そういや。おもろいん?」
「結構……、けど謙也さん向きやないかもしれん」
財前は、少し考えてそう言った。
夢中になるほどスリリングな展開ではないし、この手のドラマはどちらかというとゆったりと話が進むものだ。
じっくりと真相を突き止める、それはドラマチックというよりも探偵の根気の見せどころである。
それなのに、何を勘違いしたのか、謙也はむっとした顔をした。
「なんでやねん、俺かて頭くらい使えるわ」
「誰もそんなん言うてないやんか、被害妄想にも程があんで」
「ええから、これ見るぞ、俺が犯人突き止めたる」
何をムキになっているのか、さっぱり意味がわからない。
この人の思考回路は、単純なようでたまに思いもよらない方向に暴走するから、それに巻き込まれるほうはたまったものじゃない。
そう思いつつも、いつも一番巻き込まれやすい位置に自分がいることはわかっている。
「これ、もう人死んだ?」
「まだっすわ、まだ始まったとこやもん……っちゅうか、俺これもう内容知ってんねんけど」
「言うたらあかんで、先の話これから禁止な」
ミステリの楽しみ方として、推理しながら見る、というのは正しいのだろうが、ここまで力を入れるものなのかは謎だ。
財前はどちらかというと話の流れを楽しんだり、あとになって、あのときのあれ伏線やったんやなあ、と振り返ったりするほうが好きなので、ミステリ・イコール・頭を使う、という発想がそもそもなかった、というのは今更言っても遅いのだろう。
後輩にはなめられないぞ、という意識を丸出しにして、食い入るようにテレビに見入る謙也の姿に、呆れながら出されたクッキーをつまむ。
後輩の前で、恰好をつけたがる謙也。
たいていがその後輩というのは財前のことで、それは謙也のことをわかりやすく小馬鹿にすることが多いから、だからだ。
本当は誰よりも謙也を認めているのに、それを表に出さないのなんて、こうやってかまってもらえるチャンスを逃すのがもったいないというただそれだけのことなのに、きっと謙也は一生気がつかない。
笑ってまうな、そんなんでよう推理ものに挑戦とかするわ、鈍感。
「そろそろ最初の殺人っすわ」
「え、連続殺人なん?」
「そうっすよ、んで殺されるんは、」
「あ、待って、待てって! そんなん言うな! 先の話禁止言うたやろ!」
「警察は最初、」
「言うなって!!」
ぽんぽん言い合えるのも楽しいけれど、一番言いたいことは絶対に口にしない。
こうして雨の日も、あんたを独り占めできるなんて、それこそ俺には大事件やった。