すべてあなたから
夏休み目前の7月20日、財前は14歳になる。
謙也はそれをだいぶ前から意識していて、いっしょにお祝いしよな、部活あるんかな、なかったらどっか行こうや、夜は家の人に譲ったるけど、などと事あるごとに楽しそうにその話をしていた。
謙也の楽しそうな顔を見るのは、実は結構好きなのだけど、内容が自分の誕生日に関してなのだと思うと、どうしても照れのようなものが勝り、財前は嬉しいともありがたいとも伝えられないままで。
そもそも財前自身は誕生日というものに特別な感傷を抱いてはいないのである。
去年、13歳になったように、今年は14歳になる。だからって何が変わるわけでもなく、便宜上の区切りに過ぎない。
いきなり大人になれるわけでもなし、生まれてから何年経ったとかいちいち確認してどうなるものでもない。
もっと幼いときは、純粋に嬉しかったけれど、それも今思えば当日はみんながちやほやしてくれるから、とか、もっと言えばプレゼントがもらえるから、と言った単純な理由だ。
だから、謙也が盛り上がるのに対しても、
「女の子ちゃうねんから、そんな大げさなことせんでくださいよ」
と釘を刺してしまったくらいだった。
その謙也が、誕生日、祝ってやれんくなった、とそれはもう情けない顔と声色で言ってきたのは、前日の部活でのことである。
「用事あるって言うててんけど、急に親戚が集まることんなって、俺おらんでもかまわんのに、長男なんやからしゃんとせえって逆に怒られて」
「そらそうやろ、謙也さん、ちっちゃい子ちゃうねんから聞き分けなあかんって」
「やって、誕生日やんか! せっかくいろいろ考えてたのに」
しょんぼり、という言葉そのままな謙也の姿に、財前はまた大きく溜息を吐いた。
それに反応して、また「ごめんな」と謙也は謝ってくる。
謝ることなんかないのに。
気にしないでほしい、と言ったら彼はもっと気にするのだろうことは目に見えている。
謙也は優しいから、自分が特別優しい部類の人間だなんて気が付いていなくて、こんなにもひねくれた財前なのに、謙也に気を遣っているのだと何の迷いもなく思い込んでしまうのだろう。
楽しそうな謙也を見るのが好きで、それとはまた別のベクトルで謙也が自分のことで焦ったり悩んだりするのも少し嬉しかったりもするけれど、落ち込んだままでいてほしくはない。
矛盾だらけの気持ちだから、普段はそれも表に出さずに、ただ黙って謙也のくれるたくさんの思いやりを甘受してきた。
それは、恥ずかしいことに『愛情』とかそういった類のものだって、わかっていながら知らん顔をして。
「ごめんな、怒っとるやろ」
「怒ってへんです、そんなんでいちいち臍曲げてられるか、ガキやあるまいし」
「うん、そうかもしれんけど……ごめん」
何回謝る気なんだ、この人は。
誕生日当日に会えないとか、そういったことがそんなに大切なことじゃないのに、財前は本当に気にしていないのに。
「あんな、俺がな、なんやちょっとがっかりしてん」
「は?」
謙也にどうやって大したことじゃないよ、と伝えようか悩んでいたのに、謙也のほうが先にぽつりと大したことだった旨告白し始めてしまい、財前は面食らった。
「別に誕生日にこだわってないて、知ってんねん、財前はあんまそういうん興味ないんやろなって、わかってた。けど、俺は、な、好きな子の誕生日とか、めっちゃ嬉しいから」
「何が嬉しいねん」
「やって、俺は出会ってからのおまえしか知らんけど、財前が生まれた日ってどんなんやったんかな、とか、どんな風に大きくなってきたんかな、とか、どんだけの人に出会ってきたんかな、とか、そういうん考えるとなんや幸せやなって思って。そんで、そう思たら特別な日やなって、そしたら俺、いっしょにおりたいなって」
うまいこと言われへんねんけど、と難しい話でも何でもないのに、一人で混乱している謙也を、抱き締めたい、と思ったのをぐっと我慢する。
いつもはぎゅうっと力いっぱい抱き締められるのは財前のほうで、柔らかさのかけらもない身体を愛してくれる、そのことが不思議に思えたりもしたけれど、今胸の奥から湧き上がってくるこの感情が、衝動が、答えなのかもしれない、と柄にもなく感動した。
いつだって、財前は謙也からもらってばかりで、優しさなんて全然返せていないけれど、返せていないのに。
まだくれる、こんなにくれる、溢れんばかりにくれる。
「謙也さん、ほんなら、」
「ん?」
謙也の手首を掴み、引き寄せると、素直に身を寄せてくる。
少しだけ躊躇って、唇ではなく頬に、ちゅ、と小さな音を立てて口づけを落としてやった。
「ざいぜ、」
「今の、プレゼント前払いっちゅうことで、ちゃらにしたりますわ」
まだ部活の休憩時間で、誰かに見られるかもしれない、と思わないでもなかった。
だけど、それよりもずっと、このあたたかい人に何かをあげたくて、財前に出来る精一杯のお返しがこれだった。
財前のキャラじゃないことなど、自分でもよくよくわかっていて、羞恥のあまり暑さが増す気がする。
真っ赤になっているだろう財前を見て、謙也が効果音のつきそうなほど晴れやかな笑顔をくれる。
ああ、またもらってしまった。
誕生日なんて意味がない。
毎日毎日、会うたびにこの人は一番ほしいものをくれるのだから。