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赤狭指村民話集成

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蜘蛛の女房



 昔々、赤狭指山の麓に卯太郎(うたろう)という木こりが住んでおった。

 卯太郎は素直で正直な働き者じゃったが、一つだけどうにも困ったことがあっての。蜘蛛という虫がおるじゃろう、八本足の。あれがとにかく大嫌いなことじゃった。
 卯太郎の蜘蛛嫌いはそれこそ病的な程でのう。塵芥程の小さなものでも見つけてしまった日には飛び上がって震えだす。家に蜘蛛の巣の欠片でもあったら、その日一日は家中を隅々まで掃除せねば気がすまない。着物の裾にでも張り付いていようものなら、きちがいのようになって暴れ回り、その後熱を出して寝込んでしまうような始末じゃった。
 呆れた周囲の者が
「蜘蛛は悪い虫を食べてくれる良い虫だ」
と、卯太郎にいくら言い聞かせても一切聞く耳を持たん。さらに都合の悪いことに、この卯太郎の蜘蛛嫌いは村外の者にまで知られておったんじゃ。お陰で卯太郎は良い年になるのに、女房の当てもない惨めな有様じゃった。

 或る日、そんな卯太郎が木を伐りに赤狭指山へ行った時のこと。たまたまその日、良い木が沢山生い茂る場所を見つけた卯太郎は、夢中になって木を伐っておった。いくら蜘蛛が嫌いでも、元来根が働き者の卯太郎じゃ。たっぷり木を伐り落として、気付いたときにはもうとっぷりと日が暮れて暗くなっておった。それゆえ卯太郎は慌てて、暗くなった山道を下って家に帰ることにしたんじゃ。
 一刻も早く家に辿り着きたかった卯太郎じゃったが、暗い山道で蜘蛛の巣に顔を突っ込むなんてことは何があってもしたくない。そのため、慎重に周囲を見回しながら恐る恐る歩いておった。じゃが、そんな牛のような歩みでは家に着く頃には夜が明けてしまう。
 すると、困り果てた卯太郎の目に一軒の民家が見えてきた。
「そうだ。ここに一晩泊めてもらうことにしよう」
卯太郎は民家の戸をほとほとと叩き、一夜の宿を願い出たのじゃ。

 民家から出てきたのは若い女じゃった。黒と黄の鮮やかな着物で戸口に立つその女は、目が覚めるほど艶かしかった。女は快く卯太郎を迎え入れ、甲斐甲斐しく世話をしたそうじゃ。卯太郎の方も、良い木のたくさんある場所が近いこともあり、ついついずるずるとその家に居座ってしまった。若い男女が一つ屋根の下に住む。そうなると当然のように、どちらともなく言い寄って二人は夫婦となったそうじゃ。
 じゃが、一つだけどうにもおかしなことがあった。夫婦ともなれば当然、夜の営みもあるじゃろうが、女は卯太郎に指一本触れさせようとしないのじゃ。
 卯太郎が夜、欲の赴くまま女に覆い被さろうとしても、一言
「なりません」
といって身をかわしてしまう。特に昼間喧嘩をした訳でもなく、翌日も普段どおり甲斐甲斐しく世話をしてくれるのに。それゆえ、卯太郎は妖艶な女房がしどけなく隣で寝ているのを、毎晩指を咥えて見ているしかなかったそうじゃ。
 或る日、どうしても女と一つになりたくなった卯太郎は、仕事に行くふりをして家へと引き返し、竈で火を吹いている女を背後から抱きすくめた。
「あれーっ」
女は突然の夫の仕打ちに最初は抵抗したものの、諦めて仕方なく体を許したそうじゃ。

 その翌日から、なぜか卯太郎は以前住んでいた家に戻り、再び一人で生活を始めたんじゃ。何でも、事が終わった後に女が
「これ以上あんたを家に置いといたら、あたしはあんたを食い殺してしまう」
と半狂乱になって喚き、卯太郎を無理やり家から追い出して、それっきり何があっても家に入れなかったんだそうな。
 後日、卯太郎が木を伐りに行った際、民家のあった場所に通りかかると、もう既に民家は跡形も無く、そこには大きな女郎蜘蛛が巣の中央で卵を守っているだけじゃった。それを見て全てを察した卯太郎は、これ以降蜘蛛を嫌う事はなくなった。しかし、嫁を取る事もせず生涯一人で暮らしたそうじゃ。

 今でも赤狭指山は、なぜか大小問わず数多くの蜘蛛が生息しておっての。この話を知る者は
「赤狭指の蜘蛛は、卯太郎の種が入っとるから多いんだ」
と、冗談交じりに語るそうじゃ。

(民話採取元:赤狭指郡 斯波 藤次)


作品名:赤狭指村民話集成 作家名:六色塔