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赤狭指村民話集成

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残暑見舞い



 床津地方に住む人はのう、何があっても残暑見舞いを絶対に出さないそうじゃ。なんでも、古くからの言い伝えで、残暑見舞いだけは何があっても出してはならぬと言いつけられておるそうじゃの。
 何? その言い伝えを教えろと? ふむ。わしの聞いたもので良ければ、話すがのう。

 確か、江戸は寛永の終わり頃の話じゃったかのう。この床津地方を治める庄屋の家に、おことさんという一人の娘さんがおったそうな。
 そのおことさん、美しさもさることながら、この地方の著名な書家である奥之院 印斎に書を教わったことがたいそう自慢だったそうでの。二言目にはそれを鼻にかけていたので、周囲の者から嫌われておったそうじゃ。

 ある時、そんなおことさんが残暑見舞いを送ったそうじゃ。日頃から、達筆で鳴らしていたおことさんじゃから、さぞかし美麗で、立派な残暑見舞いじゃったろうなあ。日頃、おことさんの自慢を苦々しく思っていた者たちも、これで少しは見直すじゃろうとおことさん自身も思っておったろう。じゃが、この残暑見舞いが思わぬ事件を引き起こしたんじゃ。
 というのもこの残暑見舞い、致命的な誤字があったそうでの。どういう誤字だったかは伝わっておらんが、若い女性が手紙に書き付けるには少々まずい文章になってしまうような誤字だったそうじゃ。その誤字が、送りつけた残暑見舞いのほぼ全てに書かれていたと言うのだからたまらない。おことさんは、得意の絶頂から一日にして鼻っ柱をへし折られ、近所の笑い者となってしまったのじゃ。

 しかし、おことさんがしばらくの間笑い者になるだけならまだ良かった。おことさん、この一件を気にするあまり、ある日床津沼に身を投げて死んでしまったんじゃ。

 おことさんの達筆自慢を忌々しく思い、残暑見舞いの誤字をあざ笑っていた者たちも、さすがにおことさんに死なれるとは思っていなかった。そこで、せめておことさんの冥福を祈ろうと、皆でおことさんの残暑見舞いを持ち寄り、一斉に焼き捨てておことさんの恥を後に伝えないようにしたそうじゃ。

 じゃが、あの世のおことさんはその程度では満足できぬようじゃった。というのも、この地方で残暑見舞いを出した者がことごとく怪死するという事件が発生したからじゃ。
 はじめは、みんなただの偶然だと思っとった。じゃが、毎年毎年残暑見舞いを出した者だけが死んでゆく。これはもう、おことさんが祟っているよりほかにないと思い始めたのじゃ。
 すっかり弱ってしまった皆の者は、寄り集まって相談してのう。その結果、皆でお金を出しあい、床津沼の側に立派な供養塔を立てておことさんの霊を鎮めることにしたそうじゃ。

 じゃが、おことさんの霊が本当に鎮まったかを確かめるには、誰かが残暑見舞いを送ってみなければならない。しかし、おことさんの霊がまだ鎮まっていなければ……、その者には死が待っている。
 結局、皆死ぬのは怖かったとみえて、誰も残暑見舞いを出して確認をしなかったそうじゃ。それが何年も何年も続いた結果、やがて床津では残暑見舞いを出すことそれ自体が、ご法度になってしまったということじゃ。


 今でも、床津地方では誰もが暑中見舞いを立秋前に急いで書いて出してしまうそうじゃ。たとえ、残暑見舞いが送られてきたとしても、礼状なども一切返さないそうじゃて。

(民話採取元:潮音郡 曽我 寅次郎)


作品名:赤狭指村民話集成 作家名:六色塔