任務は道連れ・世は情け
『今期のニューモデルのコンセプトは、“21世紀のヘラクレス”。すっかり中性的になった男性諸氏に、男らしいワイルドなセクシーさを与える、新スタイルのアンダーウェアです』
会場内に、魅惑的な声の男性アナウンスが流れる。
アリーナ中央に設けられた特設ステージに、素晴らしいプロポーションの男性モデルが新製品の下着のみを身に着けた姿で、凛々しく雄々しく立っていた。
その様は製品コンセプトの“21世紀のヘラクレス”そのものである。
会場内の関係者ブースでパンフレットを読んでいた黒スーツに臙脂色のシャツ姿のアフロディーテは、特設ステージに登場した同僚の姿を見て……かけていたサングラスをずり落とした。
まるで見てはいけないものを見てしまったかのような、それはそれは微妙な表情でサングラスをスーツの胸ポケットにしまい込む。
「どうしてアイオリアが、こんなところで下着モデルをやっているんだ!?」
彼がそう呟くのも無理はなかった。
88の聖闘士で最強を誇る黄金聖闘士。その中でも1,2を争うといわれているアイオリアが。
何故グラード財団の関連下着メーカーの新作発表会で、パンツ一丁の姿を晒しているのだ。
そんなアフロディーテの疑問を他所に、アイオリアはフラッシュの中でその鍛え上げられた肉体を晒している。
「……どうした、アフロディーテ」
あまり上手でない英語で声をかけられたアフロディーテは、蒼金色の髪を揺らし緩慢に振り向く。
「ああ、貴方ですか。Mr.辰巳」
友好的な印象をほとんど与えない声音で、アフロディーテが応じる。
彼もまた他の黄金聖闘士のように、辰巳にはあまり好意を持っていない。
このスキンヘッドの日本人が、アフロディーテの顔を必要以上に眺めすぎるというのもあるのだが。
辰巳はその態度に、あまり邪険にするなよと苦笑いした後、
「あのアイオリアがモデルをしているのが、そんなに気になるか?」
「気にならない方がおかしいよ。一体何があった?」
現実離れした美しい瞳に見つめられて、辰巳の胸が高鳴る。
辰巳には決してその気はないが、ここまで綺麗な人間の視線を受けるとどうしても脈が速くなる。
「あ、アイオリアが先日アスガルドに出向いた話は知っているか?」
「元々それは、私の仕事だったからね」
「なら、いい。そこでムウと共に近くの村までいったのだが、お嬢様がスカイプで話をつけてしまっていてな。その任務は中止となった」
それはアフロディーテも知っている。
先日白羊宮で、貴鬼に英会話を教えた時にムウから聞いた。
「それで、アイオリアがそこで下着モデルをしているのと、何の関係がある?」
「急かさないで人の話を聞け。同行していたムウがアイオリアを気の毒に思い、奴に何か任務を与えるように教皇に頼んだのだ」
ようやくアフロディーテも話が見えてきた。
「で、教皇がアイオリアのために用意なさったのが、下着モデル…というわけか」
「ああ。新作発表会に起用するモデルが見つからなかったのでな。聖域に“できれば聖闘士を貸して欲しい”と書面を送ったのだ」
辰巳の口ぶりでは、ダメ元だったようだ。
まさかシオンがアイオリアを派遣してくれるなど、夢にも思っていなかったらしい。
「今回はシオンが協力してくれて助かったぞ」
アフロディーテはその言葉には答えずに、スポットライトと無数のフラッシュを浴びているアイオリアに視線を戻した。
こころなしか不快そうなのは、アフロディーテの思い込みだろうか。
「まぁ、しかし、できる仕事があってよかったなと言ってやるべきか」
口の中でそう呟いたアフロディーテはサングラスを再びかけると、関係者ブースを出た。
アイオリアが下着を見せている間にも、アフロディーテには処理すべき案件が山のようにあるのだ。
作品名:任務は道連れ・世は情け 作家名:あまみ