『掌に絆つないで』第二章
Act.02 [飛影] 2019.6.18更新
高い天井から吊るされたハンモックは麻で出来ていて、寝心地は悪くない。それでも、ときどき網目に髪が絡むのが面倒だ。音になりきらない音を立てて頭皮から離れる瞬間の鈍い痛みは、戦いで斬りつけられる痛みのようには慣れなかった。
受付終了から大会開催までの間、パトロールも免除された。修行に明け暮れても構わないが、たまに無駄な時間を過ごしたくもなる。そんな時は百足の中が一番いい。躯との手合わせは大会を控えている限りお預けだが、穏やかな対面も悪くない。
だが今大会においては、そのすべてがいつも通りとはいかなかった。
「飛影。客が来ているぞ、降りて来いよ」
躯が直々に呼びつけた。ハンモックは天井近くに吊るされているため、声は寝転んだ飛影の後頭部に向けられる。
客といえばどうせ幽助か蔵馬かその辺だろうと推測した飛影は、一度目の躯の言葉を無視。
「聞こえてるんだろう、飛影。身内が会いに来てるんだ、会ってやるだろう?」
身内?
言われてすぐには思い浮かばなかったが、躯の改まった言い方から、血縁を意味していることに気づく。
雪菜のことか? いや、まさかな…。
半信半疑で上体を起こして振り向く。すると躯は「まさか、という顔だな。そのまさかだ」と口の端をあげながら告げる。いちいち他人をからかいたがる癖は未だ抜けないらしい。
躯について客間へ足を運ぶと、そこには幽助と雪菜の姿があった。
不自然な組み合わせの上、表情もやけに強張った二人を前に、飛影は訝しげな視線を送った。すると、雪菜が一歩前に出て、真剣な眼差しを向ける。そして開口一番、「お兄さん」とつぶやくのだ。
雪菜は人間界から魔界へ移住を決めた頃、一度だけ飛影を訪ねた。桑原が寿命を終えたことと、兄探しをやめたという報告を律儀に携えて。
それならば、と返そうとした雪菜の氷泪石。彼女は受け取らなかった。兄ではなく、飛影に持っていてほしいと、そう言った。
真実を知ったのか、それとも兄を思い出す石が不必要になったのか、そのときの飛影に雪菜の真意はわからなかった。そして今も、彼女のつぶやきが意図するものを、彼が理解できるはずもない。
「……兄探しはあきらめた、と聞いたが」
飛影の言葉を聞いた途端、雪菜はその瞳から涙の宝石をいくつも零した。
出来る限り穏やかに発した言葉が、なぜ彼女の涙を誘ったのか、訳がわからず呆然と見やる飛影に、雪菜は告げる。
「………母が、氷河の国でお兄さんを呼んでます。来てくださいますよね?」
現実が夢のように、彼らの思考では到底及ばない淵にまで、辿り着こうとしていた。
作品名:『掌に絆つないで』第二章 作家名:玲央_Reo