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『掌に絆つないで』第三章

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Act.04 [飛影] 2019年8月7日更新


幽助たちに背を向け、再び氷菜のもとへ向かった飛影。内心、雪菜が彼らに同行していなかったことに安堵していた。
彼女の説得ならば、応じないわけにもいかなくなる。なにより、母を雪菜から引き離したことに罪悪感があった。雪菜も自分と同じように、母に訊きたいことがあるかもしれない。会わせてやりたい。だが明日、約束通り幽助たちのもとに氷菜を連れて行くのは躊躇われた。
木の根っこに腰掛け、俯きがちに思案していた氷菜は、飛影の帰りに気づいて顔を上げた。
「雪菜に会ったの?」
「雪菜じゃない」
「なら、私を迎えにきたひと?」
的を得た質問に、飛影は不意をつかれた。
「私は、自分が何者なのか、ちゃんとわかっているのよ。もちろん、再びこの器から出なくてはいけないということも」
「……そうか」
目覚めた瞬間に呼び覚ました者の記憶を見て、自分の辿るべき道も把握している氷菜。彼女は自らが一時的な復活であると理解し、その宿命を受け入れる覚悟もすでにできているようだった。
そのとき、飛影はトーナメント受付会場で見た蔵馬の旧友を思い起こした。
周囲には目もくれず、蔵馬だけを見ていた漆黒の瞳。彼もまた、自らが仮の復活と知っていたのだろうか。
「このまま、生きていきたいとは思わんのか?」
肉体は冥界玉の作り物。だが、魂は本物だとすれば、宿命を受け入れようとするのは氷菜本人の意思のはず。飛影は素直な疑問を投げかけた。
「まがい物でも肉体を得て、私は貴方に会えた。それ以上、何かを望むことは罪だわ。それに……この身体が持つ力は、大きすぎる」
妖気でも霊気でもない、異質の気。そばにいて感じ取るだけの飛影では計り知れないものを、氷菜はその身にまとうことで見抜いていた。
「炎の妖気を持つ男……には、会わないのか」
彼はふと氷菜から目をそらしつつ、聞きそびれていた話を切り出した。父親のこと。
もちろん、飛影はその男を父とは呼ばなかったが、純粋に知りたいと思った。
「貴方の父親は、もういないわ」
あっけなく彼の生存は否定された。けれど、生きているという想像よりも死んだという推測のほうが容易であった。その上で、飛影は父不在の事実に安堵している自身に気付かされた。
「死んだのか」
「ええ」
飛影は無意識に確認し、その返答に満足した。とはいえ、すべて納得がいったわけではない。問いかける相手が氷菜ひとりに絞られたというだけの話。
「そいつは氷河の国を恨んでいたのか?」
「いいえ。なぜそう思うの?」
「氷女のお前に子を産ませることは、お前の命を奪い、国を危険に晒すことだと……」
「彼は何も知らなかったわ。私は何も話さなかった」
「なぜだ」
「愛していたからよ。私たちは愛し合って貴方と雪菜を産んだの」
その言葉に、飛影は自らの感情が冷え切っていくのを感じた。
簡単に「愛し合った」と口にしてしまう母が、あまりにも小さく見えたのだ。夢見がちな少女の言葉ではなく、死を覚悟してまで子を成した女の言葉とは信じたくなかった。
それと同時に思い出した。戦いながら死に方を決めかねていた日に見た、躯の意識を。
自由のために酸をかぶり、自分が到底追いつけないほどの強さを得た彼女は、飛影の羨望の的でもあった。過去にわだかまる度に強くなり、自身を呪いながらまた強くなっていった躯。忌み子と呼ばれた自分と重ねて、過去を呪うことも悪くないと思えるようになったきっかけでもある。そして彼女を踏み台に、今も強さを求める飛影。いつしか躯は自分だけに特別な感情を向け始めていた。それに気づかないほど、鈍くもなかった。
そんな感情を認識した後は、彼女の真剣勝負の際に見せる眼差しも、穏やかに微笑む口元も、未来永劫、傍にあるものと根拠もなく信じている自分がいた。例えそれが一言でくくられてしまう感情による錯覚だとしても、守り抜く価値のあるものだと考えていたからだ。
だからこそ、死を選んだ氷菜を飛影は認められるはずもなかった。「くだらんな」と一蹴し、軽くため息をついてみせた。
「なぜそう思うの」
「命を落として、故郷を危険に晒して、それが愛し合った結果だと? バカバカしいにもほどがある」
「自分がどうなっても、彼の子どもを産みたかったの」
「そいつはお前が死ぬと知っていたら、子を産ませるようなことはしなかった。大バカでなかったらな」
「その通りよ。だから、言わなかったの」
きっぱりと言い切った氷菜。飛影は眉間に皺を寄せ、彼女を見返した。
「お前は自分を置いて死んでいく男に、当てつけたかったのか?」
そう口にすると、やり場のない憤りを感じた。
「言ったでしょう、女は希望を産み落とすことだけを望むのだと」
「もういい」
飛影はそう吐き捨てて背を向けた。
父の願いは、氷菜を死に追いやることではなかったはず。それなのに、彼女は愛がために死を選んだと言い張る。
例えば躯がオレのために死ねると言ったら。
飛影は腰にぶら下げた剣を抜き振り返ると、氷菜にその切っ先を向けた。
そのときは、オレが殺してやる。
氷菜は再び向けられた切っ先に怯むことなく、彼を紅蓮の瞳で見つめ返した。
誰かのために死ねるというなら、その誰かに殺されればいい。
彼はひとつの決意を抱いた。
暗い樹海の中、どこからか漏れていた僅かな光。それを受けた剣の刃が、舌なめずりをするように怪しく光った。