でゅららくがき。
波江→誠二 帝臨 臨正 臨也 幽ルリ 杏里 の順です。
さわってごらん。そう言われて、母のお腹に手を伸ばした。丸く、膨らんだそれの中に、人がいるのだと母は言った。触れた個所が振動する。中にいる人が、母の腹を蹴ったようだった。せいじがお姉ちゃんに、僕はげんきだよって、言ってるのよ。「せい、じ?」「そう、せいじ」おとうさんの話し合って決めたの、この子の名前。「男の子、なの?」「ええ、エコーで睾丸が見えたの」そういうものなのか、と少し考えて、やめた。今の私にわかることではないだろう。振動。中にいる人が再び蹴ったようだった。「せいじはお姉ちゃんが好きなのかしら、いっぱい蹴ってるわ」母が笑む。 せいじ、と声に出して言ってみる。振動が私に伝えられる。それが、嬉しくて。嬉しくて――愛おしかった。(「たくさん、愛してあげてね」という母の言葉に、私はただ首肯した)
からん、と。スプレー缶がコンクリートに落ちた。いたい、そんな音を唇から溢し、紅い瞳から涙を溢す彼を、見て言う。「泣いてるんですか」どうして、泣いてるんですか。貴方も泣けるんですね。ねぇ、臨也さん。今、どんな気持ちですか?「催涙スプレー使ったのは、帝人君だろ」最悪、だよ。涙 に濡れた瞳で、睨まれる。ぞくり、と背筋を走ったのは、何と言う感情だろう。この人に、聞いてみようか。「臨也さん、」僕が、どんな気持ちだかわかりますか?「知らないよ」鏡でも、見てみたらどうだい?すごく満足そうな、幸せそうな顔をしているよ。「満足、ですか?」満足。満ち足りた。そう、彼には見えているのか。「それは、」多分、間違いですよ。(貪欲に、貪欲に。満ち足りることなどありはしない。愛する人間の愚かしさをその身を持って知ればいい)
「なんで、こんなことするんですか」
「愛してるから」
そう言って、艶やかな黒髪をした男は笑んだ。
「どうしようもなく、愛おしいんだよ」
嫌悪を剥き出しにして。俺から、これから行われる行為から、何とかして逃げ出そうと言葉を紡ぐ君は酷く人間的で、ね。
「人を人と定義するものはなんだと思いますか」名前すらも思い出せぬ教師が口にしたのは、なかなかに興味深い問いであった。此処に書いてみてください、と配られたプリントを机の上、左手の下に置き、シャーペンを手に取った。かちかち、と二度ノックし、句読点を含む、九つの文字を書いた。端正な顔に笑みを描く。人と他の動物を区別するもの、境界線。十人十色、人の数だけ答えが有ると言いながら、さも自分の答えが正しいかのように、その教師は語った。「皆の書いた答えの中に、非常に近い答えがありました」朗々と教室に響く教師の声。隣に座った女子がどうでもよさげに携帯をいじっている音。それらすべてが、いとおしかった。(俺に愛されること。)
じい、と彼女を見つめる男の瞳は少しの不安を孕んでいた。彼女はそれに気付いていた。気づいていたが、それを口に出すことはしなかった。男の言葉を待っているようだった。「どうですか」ゆるく、首を傾げ問いを発した男。その顔に、表情らしきものは浮かんでいない。されど、それが完全な無ではないことを彼女は知っている。瞳が、僅かに膨張した不安に揺れているのに、彼女は気付いていた。「美味しい、ですよ」彼女は笑んだ。男の抱いていた不安が、ぱちり、と弾ける。「よかった」男も、顔を綻ばせる。微かで、幽かな、それに気付いたのは彼女だけだった。
はた、とそこで杏里は気付いた。これは、愛である、と。自覚とは恐ろしいもので一度してしまえば、感情の加速を促すばかりである。 まして、彼女は愛を謳う妖刀に寄生している身。愛はひたすらに加速し、止まることを忘れる。“あいしてる”と言う感情は、杏里にとって罪歌による傷に等しかった。 私は彼を“あいしてる”と己の感情を理解した刹那。じくり、と。そこから、杏里の精神を侵す言葉が愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる