灰色
何故私は此処に居るのだろう。
気がつくと「目眩坂」の中腹で私はつったっていた。
肩で息をし、喘息の子供の用にぜぃぜぃと喉を震わせる。
自分の状況を把握できなかった。
何故私はこうも必死でこの坂を登っているのか。
(決まってる。京極堂の所に行こうと・・・)
だが何時家を出たのか。
京極堂に何の用事か。
どのように此処まで来たのか。
家を出た時は妻に見送られたのか。
そもそも妻は家に居たのか。
全く思い出せなかった。
『あの暑い夏が通りすぎた後でも私は生きている。』
今の生活を維持する為に働かなければならない。
食う為の金がなければ生活できない。
(働かなければ)
そう思えど私にはその気力が無かった。
私の体は私のいう事を聞かない。
結局
未だに日常に戻る事を拒否し内に自分を押し込めたまま思考を止め、ぐじぐじと毎日を過ごしている。
(考えるな)
そうだ、考えてはいけない。
そもそも考える必要が私にはないんだ。
熱風が容赦なく私を襲う。
不快を少しでも取り除こうとハンカチを取り出し額の汗を拭った。
9月と言えど残暑厳しい。
(じっとしてもしょうがない)
私は思考を止め再び坂を登り始める。
私の意思などとうに体は求めてなんかいない。
「京極堂」へ行く。
其の為に足を交互に動かす。
それだけで良い。
「関君。」
其の様に京極堂に呼ばれたのは何時の時からだろうか?
(思い出せない)
私の脳のは常に霞で覆われ私自身の記憶を見失う。
京極堂の姿、声さえも既に思い出せない。
(其れなら意識など手放せば良い。)
嘲笑う、悪魔の囁き。
今の私には甘美な言葉。
(ありがたい)
暗転
意識は灰色の波へと落ちた。