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BLUE MOMENT17

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 俺を見るアーチャーは厭味を言いながらも、その表情は穏やかだ。
(また、こんなに近くで見ていられるなんてな……)
 あ、しまった。声にしなきゃ。
「またこんな近くでアーチャーを見ていられるなんて、って思いました」
「っ…………」
「え……?」
「士郎、その、そういう直球は……、だな……」
 アーチャーは空いた手で口元を覆って、向こうへ顔を向けてしまった。
「アーチャー?」
 俺、変なこと、言ったのか?
(ちょっと不安になったけど、あれ? アーチャーの耳、赤いような……?)
 まじまじと確認すれば、やっぱり赤い。
「あ、照れてるのか」
「き、貴様!」
 悔しげにこちらを振り返ったアーチャーは、性質が悪い奴だって、大きなため息をついた。

 ガランとした食堂は半端な時間らしく、厨房にも食堂にも人影はない。
「適当に座っていろ」
 アーチャーは赤い外套を消して、エプロンを投影しながら厨房に入っていった。
「は……」
 比較的厨房に近いテーブルにつき、腰を下ろす。
「いろんなことが、ほんとに……」
 たったの二日足らずで、俺の悶々としていたことがクリアになった気がする。いや、俺の睡眠時間を省けば、実際には一日もかかっていないかもしれない。
 くぅ、と腹が鳴ったのは、少し俺に余裕ができたからなのか。
 結局のところ、俺はアーチャーの言葉を何一つ信じられなくて、バカみたいに必死になって仕事に打ち込んでいたってことか……。
 我ながら、普通じゃないなと反省する。遠坂と桜が聞いたら、また呆れ返るだろうな。
 でもさ、仕方がないと思うんだ。
 俺、アイツに殺されかけたんだぞ。
 アーチャーが一方的に斬りつけてきたこともあったし、俺自身、命を懸けたこともあった。いつだってアーチャーと剣を交えるときは、俺に勝ち目なんか全くなかったけれど、俺は死なずに生き延びた。
「もし……」
 ふと思いつく。
 俺が有利な状況で、アーチャーを追い詰めるようなことがあったら、俺はアーチャーにとどめをさしただろうか?
 今まで想像したこともなかったけど、俺にアーチャーの首を取るようなマネができたんだろうか……。
 厨房でテキパキと動くアーチャーがチラチラと見える。
(俺は……)
 ふ、とため息とともに苦笑が漏れる。答えはすぐに出た。
 できない。
 俺には、アーチャーにとどめをさすことなんかできない。
(だって、理想だ)
 甘いやつだ、と返り討ちにされても、俺はきっと、アーチャーを殺すようなことはしない。
 今のような感情があの当時にあったわけじゃないけどわかるんだ。
 俺にアーチャーは殺せない。
 それだけは、はっきりしている。
 つくづく思う。俺はアイツをかなり特別視しているんだって。
 諦めがついた今でも、俺がなり得たかもしれない可能性だったと、じくじく胸が疼くときがあるから……。
(俺、今も憧れてるんだな……、アイツに……)
 ガキみたいな憧憬が、いつの間に恋うような想いに変わったのかはわからないけど、この感情を大切にしたい。
 想うだけで体温が上がるなんて貴重だし、きっともう、二度と手に入れることのできないものだろうから。
「待たせたな」
 声に顔を上げる。
「それほどでもないよ」
 静かにテーブルに置かれたトレイには、一人用の土鍋と茶碗と匙がのっている。
 アーチャーが土鍋の蓋を開けると、湯気とともに出汁の香りが漂った。
「雑炊?」
「胃の負担になるようなものはやめた方がいいと思ってな。だが、粥では味気がない。したがって、適当に余っていたもので雑炊にした」
 さすがだ。病人食にも全力だ、コイツ。いや、俺は病人じゃないけど……。
「ありがとう。いただきます」
 手を合わせて軽く頭を下げると、礼には及ばない、とアーチャーは側の椅子に腰を下ろした。
「何を考えていた?」
「え?」
 雑炊を茶碗によそいながらアーチャーを見ると、テーブルに頬杖をついたアーチャーはじっと俺を見つめている。
「あの……、えっと……」
 なんでも言ってくれと言われたけど……、あまりにも内面的なことすぎて、口にするのは気が引ける。
「士郎?」
「く……」
「く?」
「くく、詳しくは、言えない。その、大きくまとめると、アーチャーのこと、好きだなぁ、ってことだから……、その、今は、それで、勘弁してくれ!」
 どうにか言い切ってアーチャーを窺うと、驚いた顔をして何度も瞬いている。
「アーチャー? あ、あの、いいかな?」
「あ、ああ……、わかった……」
 そう答えたものの、アーチャーは腕を組んで考え込んでしまった。
 やっぱり、ちゃんと話さないとダメなんだろうか?
 具体的にうまくまとめられないのもあるし、ちょっと言い難いこととかもあるんだよな……。
 どう言ったら、わかってもらえるんだろう……?
「そう……だな、やはり、無理はやめよう」
「え?」
「なんでもかんでも話せというのは、少しやりすぎだな」
「でも、アーチャーが安心できないんじゃ……」
「まあ、そうだが……。何もかもを伝えるというのは、種明かしを同時に見せられるマジックを見ているようなものだろう?」
「そ、そう……なのか?」
「なので、士郎。もう思ったことをいちいち口にしなくていい。少しずつ私が士郎の機微に気づいていけばいいのだから」
「アーチャーがいいんなら、俺はいいけど」
「そういうわけで、時間を増やそう」
「は? 時間? なんの?」
「もちろん、一緒にいる時間だ」
「一緒に? ……でも、俺には配管の、」
「そもそも配管工でもない士郎一人に任せきりなのがおかしい話だ。いくらスタッフの数に余裕がないからといって、士郎だけになるということはない。どう考えてもローテーションを組めば、常に二、三人は作業に当たることができたはず。レイシフト中でもないのだし、今は手の空く者もいるはずなのだからな」
「でも、ここのスタッフさんたち、みんな事務系ばっかで……」
「む……」
「段取り悪いし、二、三人いてもほとんど役に立っていないってことがよく……」
 アーチャーは、額を押さえて大きなため息をついた。
「では、私がマスターに相談しておこう」
「いや、いいよ! 藤丸はレイシフトで疲れて――」
「たわけ。マスターはまだ若い。レイシフトの疲れなど、一晩眠れば即解消だ」
 若者を侮るなよって、アーチャーは皮肉に笑う。
「…………じゃあ、任せる」
「ああ、任された」
 さっきとは違う、アーチャーの顔に浮かんだ小さな笑みは、とても優しいものだった。


BLUE MOMENT 17  了(2019/12/11)
作品名:BLUE MOMENT17 作家名:さやけ