敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊
まさか。もちろん、それはない。なのにどうしてと森は思った。新見が古代にグラスを渡しているところが羨ましく思えたのか。わたしだって誰かひとりくらいに同じことをして礼を言われてみたかったのか。
その手頃な相手と言えば、眼の前にいる古代だった。なのに新見にその役どころを取られてしまった。
そんなところなのかな、と思う。だがそれ以上に、わたしは古代が羨ましいのじゃないかと感じた。
卓の向こうで古代は結構、ギョウザを焼く仕事を楽しんでるように見える。古代だけでない。山本や、航空隊のパイロット達もまたそれぞれに与えられた役を楽しげにやっているようだ。
加藤以外は、だが――しかしあの二尉も、そろそろ許してやらねばならないだろう。
パーティなのだから、と思って酒をひとくち飲んで、森はあらためて古代を見た。
やっぱりわたしは、本当は、いま古代にやらせている仕事を自分でやりたいのだ。なのにそうはいかないから、罰だという理由をつけて代わりに古代にやらせている。
そうして言いたかったのだろうか。ここに来て面と向かって、どう、感謝しなさいよと。あなたにほんとはわたしがやりたいいちばんいい役をやらせてあげてるんだからね、と。そうして自分が飲んでいるのと同じ酒をこの男に手渡して……。
そんなふうに森は思った。古代はギョウザ焼きにかまけてもうこちらを向きもしない。
作品名:敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊 作家名:島田信之