敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊
沖田のおかげで、冥王星では犠牲が少なく済んだという。だが、それがなんだというのだ。別に沖田はクルーのためを思ってそのような戦い方をしたのじゃあるまい。ここで犠牲を多く出せば旅が遅れることになるから、それを避ける策を講じた。地球へ帰った暁に、人類を救ったのは自分の力としたいからだ。
そんなふうに思えてならない。犠牲を出したくないのなら、冥王星など迂回すればよかったのだから。
『〈スタンレー〉に行く』と決まるたった一日前にはむしろ、この船の中は迂回派の方が優勢だったはずだ。それが地球で内戦が起こり、敵が逃げたことによって、『行こう』という話に変わった。それも沖田が仕組んだこと。
だが、と思う。実のところ、あのとき怖くてたまらなかったと今になって太田は言う。あのときおれが船底で叫ばなければ〈ヤマト〉は勝てず人類は終わりとなっているかもと言う。だから怖くてたまらなかった、と――。
皆がそうだったのだろう。こうして今にパーティなんかできるのはおれのおかげで沖田のおかげだなんて言うが、しかし――。
最後のあれはどうだ。あの戦いで、おれは最後にトンネルに飛び込めと命じられた。それが沖田の命令ならば、同じじゃないのか。おれの兄貴が死んだ戦いの状況と。
〈メ号作戦〉。そのとき、沖田はおれの兄貴に死ねと命じて自分は逃げた。そしてこの前の戦いでは、おれにトンネルに突っ込めと言った。基地を完全に破壊するには他に方法がないからといって。
あのときは、無茶だと思いはしたがそれでも考えた。『やってやるさ』と――ここで死んでも構うものかと。しかし、後になって思う。兄貴もそうだったのだろうか。そのとき、兄貴も沖田の命に従い応えたのだろうか。はい、提督。行きます。おれに行かせてください。あなたの盾として死ねるなら自分はそれで本望です、と……。
バカな。とすれば、それこそ最も愚かな軍人。撤退するなら撤退で、旗艦を護って共に退くのが最後に残った僚の務め。その途中で死んだというなら話はわかるし立派な最期と言えるだろうが、一隻だけで無駄死に特攻するなど到底――。
正気の沙汰ではない。なのに沖田は、兄貴にそれをやらせたのだ。そんな男がどうして信用できるものか。
そう思っていた。「古代」と名を呼ぶ声がしたが最初は自分とわからなかった。
「古代」
と、二度目に呼ばれてハッと我に返る。
「なんだ?」
と言った。見ると島だ。指で何かを差している。
アナライザーだった。手に何やら角張った妙な機械を持っている。
カメラだった。ただしおそろしく旧式なやつだ。木の箱に皮の蛇腹が付いていて、レンズがこちらを向いている。横にいくつものツマミやダイヤル。反射傘付きのフラッシュガン。
そうして言った。「皆サン、ゴ一緒ノトコロデ一枚イカガデスカ」
どうやら記念撮影係をやっているらしい。カメラがやたら旧式なのは演出で、本当は自分の〈眼〉で視て電子頭脳に書き込むものからスチル(静止画)を切り出すのだろう。
「ああ、頼むよ」島が言った。「ここは古代が中心でな」
「え?」
と言ったが、異存ある者はないようだった。ギョウザを焼く卓の前に六人の艦橋士官が三人ずつ左右に分かれて並び、エプロン掛けの古代が真ん中の構図を作る。
「撮リマスヨ」
フラッシュが白い光を放った。
と、そこで、
「あの、すみません。よろしいですか?」
声を掛けてくる者がいた。たまたま近くで見ていた通信科員らしい。同じグレーコードの相原が、
「なんだ?」
とたずねると、
「できたら自分も、古代一尉と記念の一枚をいただけましたら……」
「ああ」と言った。「いいよね?」
「え?」
と古代はまた言ったが、気づくとそのひとりだけではなかった。他に何人も、名も知らないクルー達が自分を見ている。
「あ、うん」
と頷いて言った。するとその者達が、ワッと歓声を上げて駆け寄ってきた。
作品名:敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊 作家名:島田信之