敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊
言って、それから森はアハハハハと笑った。その顔を島は疑いの眼で見てから、
「どっちにしてもこんなもんを食えって言うのか?」
「だから酢醤油で……後は、とろろ昆布みたいに……」
「ニンジンは?」
「ないの。『ない』って言ってるでしょう」
「ニンジンのないカレーなんて……」
「うん。島さんの気持ちはわかる。でも、ないものはしょうがないの」
――と、そこで、
「ええと」
と言って副船務長の伊東が横から話に割り込んできた。事情を簡単に説明する。冥王星で農場が凍り、野菜が全滅してしまった。農場はまだ修理もおぼつかないうえ、種の多くが死んでしまった。だからニンジンが食べたいのなら――。
「協力していただけますか」
机の上の長方形の容器をひとつ、島に向かって差し出してくる。
「これはプランターで、水をやった種が中に入っています。生きていれば二日くらいで種が芽を出すはずですので……」
島はそれを手に持って、ニンジンを食わせてもらえぬ馬のようにトボトボと船務科室を後にした。
作品名:敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊 作家名:島田信之