小説 Wizardry(ウィザードリィ)外伝Ⅱ
何故地下10層にここまで興奮するかというと、アルマールの文献を調査した学者たちによって、ハルギスの遺体は地下10層に眠っているのではないかと推測されていたのだ。
逸る気持ちを抑えながら、ラスタールたちが落とし穴に向かった最中―――そいつらは現れた。
辺りに漂う冷たい冷気。奥から這い寄ってくる殺気。思わず身構えたラスタールたちに極寒の吹雪が襲い掛かった。主にドラゴンなどが攻撃手段とする吐息ブレスだ。凄まじい冷気により、体力の無いラスタールは瞬く間に凍傷に侵され、瀕死に追い込まれた。直ぐにレザリアが駆け寄り、快癒(マディ)の呪文の詠唱を開始する。
次第に視界が明瞭になってきて、吐息の正体が分かった。それはフロストジャイアントと呼ばれる氷の巨人だった。身の丈は5メートルに達しようか。迷宮内で初めて対面する敵だった。直ぐにケイシャとフィルが剣を構え、スイフトが弩クロスボウで狙いを定める。フィルが甲冑を纏っているとは思えぬほどの身軽さでフロストジャイアントの身体を駆けあがり、直刀の刀、ブラックジャパンドをフロストジャイアント胸元に突き立てる。
巨人族に絶大な破壊力を持つブラックジャパンドはフロストジャイアントの胸元に深々と刺さった。
続いて、逆方面からケイシャが駆け上がり、達人の刀で首筋を切り裂いた。刀は正確にフロストジャイアントの頸動脈を深く抉り、勢いよく青い血液が噴き出す。フロストジャイアントは絶命した。
だが、フロストジャイアントは残り2体。そのうちの1体の膝にドルガルがヘヴィアックスを叩きこむ。絶叫しながらフロストジャイアントは大剣をドルガルに振り下ろした。
ほんの一瞬だが、ドルガルがヘヴィアックスを引くのが遅れた。
フロストジャイアントの大剣が、ドルガルの肩口にめり込む。
後ろに引こうとする力と大剣の振り下ろしの反動がぶつかり、ドルガルは床に叩きつけられる。ドルガルはそのまま動かない。傷は心臓に至っていた。
次の瞬間、スイフトの弩がドルガルを死に至らしめたフロストジャイアントの目を射抜く。
「逃げるよ!」
フロストジャイアントの呻き声を背に、ケイシャが素早い判断を下す。
ケイシャの号令とほぼ同時に、フィルはドルガルの身体を背負い退却の準備をしていた。
退きざま、レザリアの快癒マディによって体力を回復させたラスタールが、猛炎(ラハリト)の呪文をフロストジャイアントたちに打ち込む。
直径10メートル程度の半球体の炎の爆発が現われ、一瞬フロストジャイアントたちは足を止められた。
そのまま転げるようにラスタールたちは扉の外へ引き返した。
まさに間一髪。エレベーターで地上へ向かいながら、ラスタールたちは疲労と安堵で息を弾ませた。
ギルガメッシュの酒場は、若い冒険者たちの喧噪で賑わっている。
「フィルの言うとおり、私たちは焦っていたのかもしれません。まあ、グラスボウたちに追いつきたいがために、今回はドルガル抜きで地下9層に挑んだわけですが。今思い返しても、よく帰って来ることができたと思っていますよ。これから先は今までよりも、更に注意深く進む必要がありそうですね。」
少し酔ったのか、両袖をたくし上げながら、ラスタールは呟くように話した。
「そうね。少し慎重に行きましょう。ところでラスタール。また刺青を彫ったの?もう肘まで模様がありそうだけど。」
ケイシャが言うと、ラスタールは、何、故郷での習慣でしてねと素気なく返事する。ラスタールの両腕に彫られた幾何学模様の刺青は手首から肩にかけて到達していた。
「そのうち顔にまで刺青が彫られそうね。」
双眸の奥から射る如き光を刺青に注ぎながら、レザリアがふふっと笑う。
「くそっ!酒だ、酒を持ってこい!」
ドルガルはジョッキの酒を飲み干して叫ぶ。スイフトが追加で酒を注文し、ささやかなドルガル回復祝いの宴は夜が更けるまで続けられた。
作品名:小説 Wizardry(ウィザードリィ)外伝Ⅱ 作家名:thou