ポラロイドを片手に
以前は、呼ばれる度になぜか悪寒が背を滑っていったものだった。今はその以前よりはましになった(ような気がする)ものの、相変わらずほとんど馴れることはない。
「…一之瀬」
「一緒に帰ろうよ」
「…やだ」
このところ毎日このやり取りをくり返している。一之瀬が何を思っているかは知らないが、彼には一心に思いを寄せられているリカがいることを分かってやっているのだろうか。そして、このサッカー部の人間の中で、女なんてごくごく少数であることを。
それは暗に一人一人との付き合いが深いことを指している。まして半分以上はマネージャー。本当にサッカーをしているのはたった二人。私とリカなのだ。おのずと一番仲が良くなるのはリカだった。
「リカは?」
「補習だって」
またかあの馬鹿。私が今、もとい最近毎日こんなことになっているのを知っているのだろうか。いや、知られたら知られたでまずいのだが、(きっと彼女は一之瀬じゃなく財前塔子、つまり私を責める)しかしまあそれでもいいから、早くこの状況をなんとかしてほしかった。
「どこ行くの?」
「帰るんだよ」
「一緒に帰「やだ」
それでも、何を言っても最近こいつはついてくる。
声を大にして言いたい、帰れ!
背後から足音が聞こえる。それは私の足音と瓜二つで、正直とても嫌だった。どれだけ早足で歩いても、走っても、飽きることなくついてくる。少しずれたそれが私を追っているのは明白だった。そして誰であるのかも明白だった。振り返ることなんて勿論、考えることすら必要ない。
私は一之瀬があまり好きではなかった。好きではない、といっても嫌いというわけではないが。彼はなんとなくふたりきりにはなりたくない、けれどそりゃあチームメイトとして好きかと聞かれたら、それなりに好きだった。
それなりに。そんな人間だった。
私にとって一之瀬は特に意識を止める存在ではなかった。きっとサッカーなんて稀有なものをしてなかったら出会っていなかっただろうし、彼に“フィールドの魔術師”なんてちゃんちゃらおかしなあだ名がついていることも知らなかっただろう。
「どうしてついて来るんだ!」
「どうしてって…」
私は青い目で彼をきっと睨んでみた。しかしいまいちそれに効果はないようだ。
今更ながら辟易の念が、それこそ噴き出す、といった感じで雪崩る。
「お前の家はこっちじゃないだろ」
「でも」
「でもじゃなく」
じゃあ、今度は本当にもうついて来るなよ、と一之瀬に何度か言って校門へ向かう。車道へ出た所で振り返って彼がついて来ていないのを確認した。その時、なにかがさあっと曳いていくような気がしたけれど、気づかないふりをした。
「塔子」
ぎくり、と全身が固まるのを感じた。 それと同時に、さっき曳いていったなにかが戻るのが分かった。
勢いよく振り返る。
「いち…のせ…?」
思わず疑問形になったのは、目の前に見える景色に圧倒されたからだ。
「なに、泣きそうな顔してるんだ…」