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DEAD-END GAZE

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時間が止まっているようだった。
 モニタの中の夜神月は床に身体を投げ出して身じろぎひとつしない。静止画のようなモニタを監視するLもまた、同じ姿勢を崩さない。思い出したように菓子をつまむ以外は、ほとんど動かない。

 死んだように横たわる月の黒い服の裾が乱れて、肋が浮いた脇腹がのぞけている。襟元にはくっきり浮いた鎖骨が見える。一カ月以上にも及ぶ監禁で彼は痛々しいほど痩せてしまった。
「月くん」
 呼びかけると月はゆっくり目をあけて、視線だけをカメラに向ける。
「なんだ?」
 答える声が掠れていた。けれどどれほど消耗しても月の目には光があった。色素の薄い、茶色の瞳は透明で、その底には何も隠されていない。


 月を拘束監禁して一夜あけた翌日。
 ガチャ、という錠の音に月が素早く扉の方を振り向いた。コートを着込んで顔を隠したワタリが医療用の器具を牢に運び込むのを、月は微かに緊張した面持ちで見ている。
「……何をするつもりだ? 竜崎」
「ちょっと気になることがあります。少し検査をさせてください」
「昨日散々ボディチェックを受けたのに?」
 そう言いながらも月は素直にワタリの指示に従った。

「こちらに座って、ここにあごをのせてください。そこに額をつけて。……右目だけ、図表が見えている状態ですか」
「はい」
「では、いちばん右の列のCが切れている方向を、上から順に読み上げてください」
「……右、下、左下、上、左、……」

 その後も、「ふたつの図形の中心にある円は、左右のどちらが大きく見えますか」「赤と緑、どちらが中の円がはっきり見えますか」という調子で質問が続いた。

 その夜、捜査本部の人間が仮眠をとっているところを見計らって、Lは拘束されている月のところへ向かった。部屋を出る直前にモニタを確認したときは眠っていた月は、Lが扉をあけると簡易ベッドに腰かけていた。
「起こしてしまいましたか」
「……今度は何の用だ」
「検査の続きです。直接確かめたいことがあります」
 Lは簡易ベッドに腰をおろし、足をひきあげて座った。月と同じ目の高さで、まっすぐに目を見つめる。月も負けずに見返し、口元だけで笑った。

「あんなに細かく視力検査をされたのは初めてだよ」
「はい、視力だけでなく眼圧や眼球の傾斜、瞳孔のサイズなども調べましたから」
「まさかとは思うけど……キラがターゲットの顔を見て殺人を行うから、目の検査を」
「その通りです。キラは常人と違う何か特殊な眼の持ち主であるということも考えられなくはありません。……まあ、可能性は低いですが」
 ふ、と月は視線を一瞬、横に走らせた。Lでなければ見落としてしまう素早い一瞥だった。
「それで? 僕の眼に異常は見つかったのか?」
「あったとしても、月くんに教える訳にはいきません」
 もちろん異常などなかった。月の眼は健康な、綺麗なだけのただの目だった。
 Lは月の瞳をのぞきこんだ。月は怯まず、射るように鋭いまなざしを返す。ブラックホールのようなLの瞳に、強い光を宿してまっすぐ向かってくる。
 その光の底には何かがあるとLは確信している。
 客観的な事実からみればキラである確率など5%しかない月を執拗に疑い続けたのは、ひとつにはその目の底の何かが引っかかっていたからだ。監視カメラで初めてその目を見たときから、無意識のうちに気付いていた、何か。

 無言のままで二人はしばらく睨みあった。不意にLが、上体ごとぐっと月に顔を近づけた。突然動いたLに驚いた月が目を見開いて体を引こうとする前に、Lの舌が素早い動きで月の眼球に触れた。

「な……、」
「すみません」
「……今のが、検査の続きか」
 月が頻りにまばたきをしながら冷たい声で言う。手が使えるなら目を拭いたいところだろうと、Lは他人のように思う。
「目にごみがついていたんです」
「それならそう言えばいいだろう」
「月くんは自分じゃ取れないでしょう。だから取ってあげたんです」
 しれっと言ってLは立ち上がった。

「……竜崎」
 出ようとしたところを呼び止められて振り向くと、月はこちらを見ていなかった。Lを見ないままで、月は言った。
「ミサの目も調べたのか」
「はい」
 Lは嘘を吐いた。弥海砂は第二のキラだという物的証拠が出ている。目隠しを外すのは危険すぎる。
「そっちの結果はどうだった?」
「ですから、教えられません」
「そうか……」


 それから5日後。モニタの画像に微かな違和感を感じた、直後に月の態度が豹変した。
「ズームにでも何でもして、僕の目を見てくれ」
 その言葉の切迫した調子につられるようにズームで見た月の瞳は、透明だった。Lが追い続けてきた目の底の何かが抜け落ちるように消えていた。

「状況は変わりませんが、言うことはないですか」
「……竜崎、僕は本当にキラじゃないんだ」
 月の態度が一変したあの日から、毎日同じ問いと答えの繰り返しだ。
 こんなことを続けても無駄だとLも心のどこかでわかっている。今の月がキラではないのは、おそらく間違いない。
 けれどそれはあくまで今現在は、という話だ。現時点での夜神月は確かにキラではないかも知れない、それでも尚、夜神月こそキラなのだという確信をLは打ち消せない。キラは彼の中で一時的に身を潜めているだけなのだ。空にあっても見えない、新月のように。
 自分でも馬鹿馬鹿しい考えだと思う。かつてキラだったものが突然キラでなくなるなどという非常識な話があるだろうか。しかし、思えばキラ事件はそもそもの始めからすべてが非常識なのだ……
 何が何だかわからない。


 混乱する思考の隅でLは、月の目が透明な、ただ綺麗なだけの瞳になってしまったことを、どこか寂しく思っていることに気付いた。
 それはせっかく近づいたと思ったキラを取り逃した悔しさとは、少し違う感情だった。
作品名:DEAD-END GAZE 作家名:浮竹浅子