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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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ひまわり天使

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後編


 もう、本当に「ひまわり」には、うんざりする。
 頭の上で回っているのも|煩《うるさ》いけれど、それよりも何よりも、思考の全てに「ひまわり」が介入してくるのだ。他の人は輪環にも思考にも、それらの言葉に煩わされてはいないらしい。知らないって、平和でいいよね。半ば軽蔑しつつ、いつもの日常を平穏に送っている人々を見る。
 とにかく、わたしの「ひまわり」を消すには、語頭が「り」で始まる円環を持っている人を探すしかない。
 「り」で始まる言葉って、なんだろう?
 リタイア、稟議、リス、リレー、リップ、リアクション……。
 って、しりとりならば、語尾が「ん」だとアウトだよね。終わりだよね?
 じゃあ、さっきの上司はポメラニアンだったから、絶対にアウトなんだ。なるほど、終わってるやつだから、「ん」なんだ。
 そう思うと、こっちの方が上なんだと何気に優越感が湧いてくる。
 とにかく、「り」を探すんだ。「り」で始まる円環を持っている人を。
 おちゃづけ、パス。
 とうげ、パス。
 ババロア、パス。
 なかなか見つからない。
 そもそも、ら行で始まる単語って少なかったはず。
 ビール、うのはな、でんしゃ、すばる、はくさい……。
 いや、ほんとうに「ら行」で始まるのって少なすぎ。
 その間にも、わたしの頭の内外で「ひまわり」は回り続けているわけで。
 いついかなる時でも「ひまわり」につきまとわれる。
 でも他の人は頭の上に自分の思ってもいない単語がぐるぐるしてても気づかない。それ以前に、彼らは自らの思考がその単語に侵襲されることもない。まったく、能天気とはこういうのを言うんだろうな。
 他の人のことはいざ知らず、わたしは実際に意味不明の「ひまわり」に日常生活を脅かされている。わたしはこの「ひまわり」を何とかしたい。ただそれだけなんだ。
 り、り、り……。
 すずめ、いわし、カムチャッカ、じかび、パスポート、マンゴー。
 なかなか「り」で始まる単語に出会わない。
 SNSで「り」を持ってる人を探そうにも、わたし以外の誰も自分がどんな単語を持っているのか知らないんだから、苦労する。しかも、向こうは何も知らないと来ている。
 あー! もう!!!
 どうして、わたしだけに見えるのよ!!?
 あいつら全部、何も見えてないし、何にも気にしてないじゃん?
 なのに、どうしてわたしだけには見えるの?
 そのうえ、思考を支配する「ひまわり」のぐるぐる。
 なんでわたしだけ?
 よりにもよって、なんでわたし?
 昼休みも終わり、自分のデスクに戻ってからも、わたしは「ひまわり」と格闘していた。正直、仕事なんてほっぽり出して今すぐにでも帰りたい気分だったけど。
 それはともかく、語頭に「り」を持つ人はなかなか現れなかった。そもそも「ら行」って、しりとりでは相手を困らせる技じゃなかったっけ?
 私は仕事に集中しているように見せかけつつも、オフィス内の人に気を配っていた。とにかく、「り」を探すんだ。
 頭の中の「ひまわり」に煩わされながらも、わたしは「り」を探した。
 でも、「り」ってないんだよね。
 かきごおり、うしみつどき、ローマ、オコジョ、カレンダー。「り」が頭にくる単語なんて全然ない。
 他の人には輪っかは見えないんだから選びたい放題のはずなのに、ジョーカーが見えてるババ抜き状態のはずなのに、肝心の「り」で始まる輪っかを持ってる人には全然出会わない。社内の人にはどうやら「り」がないようだし、渋谷や新宿辺りにでも行けば見つかるのだろうけど、仕事中に抜け出すわけにもいかない。こうしている間にもどこかで貴重な「り」が消費されているんじゃないかと、気が気でない。
 頭の外出てしまったせいか、思考を占めていた「ひまわり」は幾らかおとなしくなってはいる。それでもやっぱり「ひまわり」は完全には消えてくれなくて、落ち着いて考えるということができない。
 考えられないのなら、考えなくてもいい仕事をやればいいわけで、自分に仕事が回ってこないように、率先してコピーやお茶汲みに精を出す。
 コピー機から吐き出される用紙をぼんやりと見ている間にも頭の内外で「ひまわり」が回っているわけで、もうこれって――
「へ?」
 わたしは間の抜けた声を出した。
 印刷済みの紙が……。
 ひ
 ま
 わ
 り
「い、いやあああああぁぁぁ!!」
 紙一面に特大極太ゴシックで一文字ずつ印刷されて出てくる「ひまわり」に、わたしは絶叫した。
 慌てて駆けつけてきたスタッフたちも、異変に気づく。
「な……」
「なんじゃこりゃあ!!」
「おい! 機械を止めろ!」
「どうなってんの!?」
 怒号が飛び交う中、私は気を失った。
 ……わ……ま…り……ひ……わり……――
 朦朧とした意識の中で何かが迫ってくる。
 いや、迫っているのではない、回転しているのだ。
 まるで螺旋を描くように、意識と共に浮上してくるそれは……。
 ひま……り……ひまわり……――
 ひまわり――!
 わたしは跳ね起きた。
 応接室だった。気を失ったわたしは、応接室のソファまで運ばれていたようだ。誰かが掛けてくれたのだろう、私のコートが床に落ちている。跳ね起きた拍子にずり落ちてしまったらしい。
 覚醒したとはいえ、ひまわりは消えてはいない。それどころか「ひまわり」に起こされたようなものだ。感謝してよいのやら悪いのやら、複雑な気分だ。
 そういえば、コピー機はどうなったんだろう?
 わたしは、そろそろと起き上がった。脳裏では相変わらず「ひまわり」が回転しているせいで、軽く|眩暈《めまい》を覚える。回っているのは目ではなくて「ひまわり」なのに。
 ドアを開けてオフィスに戻ると、近くにいた宮野さんが気遣って声をかけてくれた。
「もう大丈夫なの?」
「ええ、はい」
 全然大丈夫じゃないけど、とりあえず応えておく。「どうも、すみませんでした」
「今日はもう帰ったら? 朝から顔色悪かったし、無理がたたったのかしらね」
「すみません」
 わたしはもう一度謝った。
 気を失っていたのは、そう長い時間でもなかったようだ。男性社員三人がコピー機の扉を開けて何やら話し込んでいる。その頭上には、それぞれ「コロッケ」「とっきゅう」「ブラジャー」の文字が回転している。
「やっぱり相当ガタが来てたんだ。最近調子悪かったしな」
「買い替え時ってやつか?」
「いや、こいつはリースだから」
「けど、こんな故障ってあるのか?」
 そんなやり取りを横目に、私は緩慢な動作で帰り支度をした。
 一人でエレベータで一階に降りる間、奥にある鏡に自分を映す。やっぱり「ひまわり」は消えていない。ため息をつきつつビルを出ると、朝とは打って変わって小春日和だった。
 オフィスビルが建ち並ぶエリアなので、昼間でもそれなりに人通りがある。わたしは素早く視線を巡らして、お目当ての「り」で始まる輪っかを戴く人を探す。
 いかめし、ミサイル、かざりおび、のどちんこ……。
 けむし、トイレ、ビジネスクラス、おかっぴき……。
 誰も、「り」を持っていない。
 もっと人の多い所へ行かなければ。
作品名:ひまわり天使 作家名:泉絵師 遙夏