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夢のあとさき

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戦いの中でガンダムキュリオスが大破し、半身をもうしなった僕が囚われて、生死すら誰にも知られないままどれくらい経っただろうか。
 夢と現のあわいがおぼつかない。
 時が過ぎるほど心臓が冷えていくのがわかる。
 ここは暗くて誰の声も聞こえなくて、寂しいから少しだけ、なつかしい夢を見せてほしい。
 心臓が凍えて、胸の奥でごとごと音を立てる前に――思い出せなくなる前に、夢でいい、会いたいんだ。

 
 紛争根絶を掲げる組織に所属し、ガンダムという兵器をもって世界と戦いながらも、ロックオンは決して笑みを絶やさなかった。
 戦いを憂えて浮かない顔をする僕に、どんなに構ってもなかなか懐かない刹那に、いつでも厳しい表情を崩さないティエリアに、それでも彼は笑いかけてくれたから、そんな風に思うのだろう。
「なぁアレルヤ」
 遠い日に僕の背中を叩いて、明るい声で彼は僕に訊いた。
「いつかこの戦いを終わらせることができたらさ、おまえは何がしたい?」
 二人ともパイロットスーツを脱ぎもせず、ヘルメットを手に持ったままの恰好で、戦争が終わったら、と何でもないことのように彼は言う。
 ……終わる日が来るだろうか。その日まで、生きていられるだろうか。
 お互いに分かっているはずだった。そんな日は来ない。夢は見ない……見てはいけない。
 なのにロックオンが笑って言うと、どうしてだろう、それだけで許される。
「うーん……実はよくわからない」 
「欲がねーな、お前さんは」
 うまい答えが見つからなくて口ごもる僕の隣で、彼は無理に聞き出すでもなく咎めるでもなく、年上らしい笑みを苦笑に変えた。
「うん、いや、意外とアレルヤだけじゃねぇかも。刹那も似たようなこと言いそうだ」
 ガンダムにすべてを捧げつくす勢いで戦う少年の本当の望みを、きっと僕らは知らない。
 誰にでも願い事を話してしまいそうな僕よりも、そういう意味で刹那はおとなだ。
「ティエリアは……」
 ヴェーダにすべてを捧げつくす勢いで日常を過ごす仲間には、あまり訊いてはいけないことかもしれない。
「彼には、そもそも前提からして認められないんじゃないかな」
「簡単に想像できるのが怖いぜ」
 軽口をたたいて、ロックオンがわざとらしく肩を落とすから、僕はあわてるよりも可笑しくなってしまった。
 そして不意に思う。
 いつか訪れるかもしれない未来を思うとき、僕の心は変わるだろうか。
 頭の片隅でいつものようにハレルヤが嗤ったけれど、唇は不思議なほどするりと動いた。
「でも、考えてみようと思うんだ」
 珍しくまともな返事をしたであろう僕の表情は、たぶん少しぎこちなくて、だけど心からの笑顔だったはずだ。
「考えてみるよ、ロックオン」

 心臓に灯っていた温度を、僕は思いだす。
 幼い僕に優しく語りかけた声を、孤独と凶暴な衝動を、流れ着いた居場所を……
 すべて失った僕が覚えていた少女は、氷のような声で僕を番号で呼んだ。
 悲しい再会を、それでもかろうじて絶望せずに受け入れられたのは、別のだれかが僕の名前を呼ぶからだった。
 ”アレルヤ”、”神の祝福”という名前を。
 (ごめんね、マリー)
 こんなにも彼女が愛しいのに、僕はもう新しい未来を選んでしまっていた。

 記憶の中ではまだ少年だった刹那は、背も伸びて凛々しい青年になっていた。
 制服を着こなしたフェルトは、どこか大人びた表情をしていた。
「―――おかえり、アレルヤ」
 ティエリアがあたたかな飲み物を差し出しながら、以前とは比べ物にならない柔らかな笑みを浮かべて言う。
 刹那達に助けられて新生CBに帰りついた僕は、うまく動かない表情筋でぎこちなく微笑み返しながら、ただいまと返す。
 どこにもいないはずの彼の破片が、僕らを温めてくれていると感じる。
 

 考えてみるよ、ロックオン。
 命を捨てたあの時、君が何をしたかったのか……命をつないだ僕が、これから何をしたいのか。
 そうしてまた、戦いながら生きていくよ。
 戦争のない明日を、未来を、夢みるために。
作品名:夢のあとさき 作家名:春雪メルロ