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炬善(ごぜん)
炬善(ごぜん)
novelistID. 41661
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CoC:バートンライト奇譚 『毒スープ』前編(下)

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どこか蠱惑的な細い目は、開かれてはいるが、どこか虚空を見つめているかのようだった。その女が本当にこちらを認識しているのか、していないのか、はっきりとしない。腰掛けたままの体も動かす気配がない。

バリツは修道女に歩み寄り、声をかける。

「失礼……マダム」

 タン・タカタンが隣にいたならば「お前さん何キャラやねん」と突っ込まれそうな予感が我ながらしたが……混乱が冷めやらぬ思考からとっさにでた言葉がそれだった。
 修道女の顔はこちらを向いている。バリツは問いを続けた。

「いくつか質問をしてもいいかな?」

「これはゲームなのです」
修道女が口を切った。
 酩酊状態めいてゆったりとした口調。だが、どこか恐ろしく機械的な口調。
「――皆でおいしいスープを作りましょう。できあがったなら、さあ召し上がれ。急がないと、お迎えが来ますよ」

「――失礼、君は……」
 バリツは訪ねてみる。
「君は、この世界の住人なのかね? 我々は気づけばこの世界に囚われていたのだが――」
「これはゲームなのです」
「う――? うむ……?」
「皆でおいしいスープを作りましょう。できあがったなら、さあ召し上がれ。急がないと、お迎えが来ますよ」

 この修道女は同じようなことを呟くばかりだった。全く会話が噛み合っていなかった。

 どうしたものかと困っていたとき、ふと何かに気づいた。
よく見ると、その者が膝上に組み合わせた手の内に、何かがあったのだ。

 「失礼――」バリツは会釈すると、おずおずと紙を引き抜いたが、“それ”に気づいたばかりに目を見開いた。
 バリツが引き抜いた紙は、膝上に重ねた手と手の間にあった。
 紙に隠れる形で気がつかなかったが――その二つの手の下に、小ぶりな回転式拳銃を見いだしたのだ。

息を呑み、修道女を見遣るが、彼女に気にしているようなそぶりはない。というか、何の変化もみられない。

人形――どころではない。博覧会やイベントでお披露目されるような最新鋭の人型ロボットが「不気味の谷現象」を乗り越えたならば、ここまで行き着くのだろうか?

 すぐに歩み寄ってきたバニラに、バリツはそっと耳打ちする。
「あの人――銃を持っている」
バニラの眼が一瞬だけ僅かに見開かれたが、至極冷静に「落ち着いて振る舞って」と返してきた。

「ところで、それは紙かい?」
普段と変わらぬ声量で、バニラが問う。
「う、うむ――」

バニラと共に確認すると、それが非常に重要な紙片であることをすぐに理解した。


毒入りスープの作り方

お肉:皆の大好物で幸せいっぱい!
お野菜:これでとってもヘルシーだ!
毒:味付けもこれでバッチリ! 使っていいのは一つだけだよ!
スープ:お鍋の中に用意してあるよ!

全部混ぜたら しっかり煮込んで 召し上がれ
はいおしまい
素人な君たちの腕でも しっかり煮込めば あまりのおいしさに 現世に帰れちゃうのだな


「レシピか……!」
「やっぱり我流で作ればいいってわけじゃなかったみたいだねえ」
「どうやらスープとやらは鍋に用意してあるらしいが……鍋はどこに?」
「普通に考えるなら、まだみてない調理室だね」
「裏を見てみよう」

 裏面を確認する。


大事なこと
・材料は一つでもかけたらダメだよ。
・飲むチャンスは一度だけ。覚悟して飲むように。
・時間が過ぎたらお迎え来るよ。
・料理人は君だ。スープの仕上がりは君の腕にかかっているぞ。


「なんとも圧を感じるが……親切なのか鬼畜なのか区別がつきかねるな」
「にしても、ようやく一歩前進だねえ」
「うむ……」
 
 呟くバニラの言う通りだった。
 斉藤の一件から、長い時間が過ぎたように感じるが、まだまだ提示された生還の条件を満たしてはいない。
 今になってようやく、毒入りスープをそもそも如何にして作るか把握できた段階なのだ。

「今度はこのレシピに沿った材料を集めないといけないわけか……」
「そうだね。スープだけは場所っぽいのが書かれてるけど」
「それから気がかりなのは……お迎え、とやらだ」
「血時計のカウントが時間制限な気はしてたけれど、何が起こるかまでは明言されてなかったよね」
「カウントが尽きたとき、お迎えが来るということだろうか? お迎えとはなんだろう?」
「まあ、実質死ぬと考えていいよね」

 相変わらずさらりといってのけるバニラ。「きさるぎ駅」で探索を共にした時の様子から察するに、実際彼も命が惜しくないワケではないはずだが――やはり恐ろしいほど肝が座っている。

「とにかく、やはり先を急がねばならないか。この場所は、もういいと思うかね?」
「見渡す限りでは、他にめぼしいものはなさそうだったからね。それに、このレシピの収穫はあった」

 他にめぼしいものはなさそうだったからね――そういうバニラの眼が、銃を持つ修道女へ一瞬向けられたのがバリツにはわかった。掌にたった一つの小ぶりな拳銃を隠している――それだけでどうしてここまで緊張が高まるというのだろう?

 バリツはちらりと修道女を見遣った後、(できるだけ彼女に失礼のないようにと配慮しつつ)両の掌を広げる身振りで、バニラに無言で問いかける。
あの方についてはどう思う?――と。

 バニラは首を横に振った。
 これ以上関わらないでおこう、との意思表示だ。

 修道女は、何も言葉を発することなく、温厚な、しかしながら抜けがらめいた眼で、じっとやりとりを見守っているだけだ。バリツは気になって仕方がなかった。

「とにかく」バニラが手を小さくパンと叩く。
「いったんここを出て、他を見てみよう」
「う、うむ」

 バニラは素早く歩き出す。
バリツは修道女に一応の会釈をし、それに続いた。


 こうして二人は、入り口へと歩みを進める。
バニラが振り返ることはなかった。修道女は銃を持ってはいたが、背後から撃ち込んでくることはないと判断したようだ。根拠はバリツにはわからなかったけれど。

 だが途中、バリツはなんとなく気配を感じて背後を振り返った。

 あの修道女が椅子から立ち上がり、佇んでいた。
 バリツは肝を冷やしたが、掌に納めた銃を構える気配はない。

変わらぬ柔和な表情のまま、自分たちを見送っているだけだ。まさに立てば芍薬というにふさわしかった。

 だが――バリツはすぐに前を向いた。

 修道女が手にする銃のプレッシャーだけではない。
 祭壇に祭られた巨大な像がきっかけだった。

 もの言わぬオブジェクトにすぎないはずなのに――悪意や敵意を込めた目を特別に向けられているような。

そんな感覚が拭えなかったのだ。

☆続