たのしいしょうぶを、ありがとう。って、
「バトルに負けた」
季節外れの雪を頭に乗せた幼馴染がトキワシティのジムを訪れたのは、つい5分前のこと。
幼馴染には悪いけれど単純にグリーンは嬉しかった。
理由はどうであれ久々に彼が自分の意思で山を下りて来たから。
山にこもっているのは幼馴染として誰よりも心配で、でも自分はジムリーダーという役職がある以上ここを離れることは出来ない。
ポケギアは持たせてはあるものの気付いているのか無視しているのか鳴らしても今まで出たためしがない。
平地の自分からしてみれば心配で心配でたまらないのに会いに行く度けろっとしている幼馴染。
その度何か言ってやろうとは思うのだが顔を見た瞬間「無事ならいっか」と思って何も言わずにまた山へと送ってしまう。
普段なら滅多な用事で降りて来ない彼がこうして自分の元を訪れるなんてただごとではない。
何があったんだと内心焦りながらグリーンが理由を尋ねるとそう答えただけであとはいつものようにだんまりだった。
「ジョウトの、帽子かぶった、僕より年下のトレーナーに、負けたんだ」
大して悔しそうには聞こえなかった。もともと自分の感情を表に出さない性格ではあるけれど。
「そうか。でも、勝負したのは一度目じゃなかったんだろう? レッド」
レッド、と呼ばれた少年はこくりと頷いた。
グリーンは黙って先程あたためたココアをレッドの目の前に置いた。自分用に用意したコーヒーをすすりながらレッドの次の言葉を待つ。
「でもね、なんだろうなぁ、不思議と悔しくないんだ。たしかに少しは悔しいって思うよ? けど、それよりも大きな感情がある」
「どんな?」
「『楽しかった』。覚えてる? 僕とグリーンが初めてポケモンを貰って、初めて勝負をした時のこと」
この世界では10歳になるとポケモンを持って旅に出ることを許される。目的は様々。
グリーンもレッドも10歳になった時、研究所へ行ってポケモンを貰って旅に出た。二人とも目指したものはポケモンマスター。
旅先で出会うジムリーダーに勝利してバッジを計8つ集めてセキエイ高原にあるポケモンリーグへ挑戦する。そして最後の勝負は四天王に加えチャンピオンに続けて勝たなくてはいけない過酷なもの。
初めてポケモンを貰った二人は大はしゃぎで初めてのポケモン勝負をした。その時どんなに楽しかったことか。
それは今でも覚えている。
「覚えてる。あの時は純粋に楽しかったよな。勝った負けたより、ポケモンを貰って勝負したっていう感動が大きくて」
「大人になると勝ち負けにこだわるようになる気がする。もし、あの子にもう一度会えるなら「ありがとう」って言いたい」
「……」
楽しそうに話すレッドの横でグリーンは押し黙っていた。
ポケモンマスターを目指して旅に出た二人。最初にその夢を叶えたのは――グリーンだった。
負けたくない。その一心でレッドより先にジムを制覇し、リーグも制覇し、念願のチャンピオンまで昇りつめた。
それを一気に逆転させたのがレッドだった。
リーグにレッドが挑みに来たのはグリーンがチャンピオンになってからだいぶ後のことで、その時は負け知らずで調子に乗っていたんだと思う。
ちゃんと育てられていて、それだけじゃない、お互いがお互いを信頼していて、本当の意味で強かった。
その時の自分はただただ目の前で自分が育て上げたポケモンが攻撃できずに瀕死になっていく様を見るので精一杯だった。
それまではレッドのことを見下していたけど、それからだ、やっと本当のライバルだと認識してみ始めたのは。
最初に自分をいろんな意味で打ち負かしたのは幼馴染だった。
だから、レッドが山にこもり始めて「伝説のトレーナー」と呼ばれ始めた時に本能的に「勝負しに行かなくては」と思った。
あいつが自分を最初に打ち負かしたように、あいつを最初に打ち負かすのはきっとこの自分だと。
「……グリーン? コーヒー、冷めちゃうよ?」
はっと我に返るとレッドが顔を覗き込んでいた。ああ、と適当に返事を返すとすでにちょうどいいを通り越してぬるくなってしまったコーヒーをすする。
「どうしたの? 考え事?」
「いや、なんでもない。それよりレッド、久しぶりに勝負でもしてみないか? どうせ誰も来ないだろうし」
「勝負? グリーンと? ……いいよ」
久しぶりに見た笑顔に、グリーンは自分もそのトレーナーにお礼を言わなくてはと思った。
作品名:たのしいしょうぶを、ありがとう。って、 作家名:ひびきね