きみのとなり
“ほしのていし”を食い止めることが出来てから、だいぶ過ぎたころ。
朝起きたら、僕のパートナーが隣に居なかった。
朝日でも見てるのかな、と僕も目が覚めちゃったからいいやと思って外に出る。やっぱりだいぶあったかくなってきたけど、朝方は冷える。
はっくしょん、と思いっきりくしゃみをしてから周りを見渡してみたけど、誰も居ない。
「ポッチャマ? ポッチャマ? どこに居るの?」
多分散歩に行っただけなんだろうけど。そうは思うけど、なんだか心配で。
もしポッチャマが戻って来て心配されたら困るからもう一度寝床へと戻る。
そのまま布団にはもう一度入らずにポッチャマが寝ていた乾草のベッドを触るとかすかな温もりを感じた。あったかい。
あの時は、淋しくて淋しくてどうにかなりそうだった。
手にはまだ温もりを感じながら少し前のことを思い出す。
世界が時間を止めたら、どうなると思う?
僕たちの住む世界には「時の歯車」っていうのがあって、それをある場所から取ってしまうとその地域の場所が止まってしまう。
それは大きくて誰も盗もうなんて思わないんだけど……ある日、それが盗まれたって噂をギルドで聞いたんだ。
盗んだのは盗賊ジュプトル。
世界の”時“が止まってしまうと僕たちが住んでいる星も動きを止めてしまう。それが”ほしのていし“。
次々と時の歯車が盗まれていく中である日突然冒険家として名高いヨノワールさんがギルドにやって来たんだけど……。
そこからは自分でも未だに思考の整理が出来てない。
だって信じられる? ジュプトルやヨノワールさんが、実は未来から来たポケモンだって言われたら。
覚えているのは、”ほしのていし“を向かえた未来へ飛ばされたこと。それから、ジュプトルは本当は悪いことをしてるんじゃなくて、この”ほしのていし“を食い止めるためには時の歯車が必要だったから集めてたってこと。
言ってしまえば悪者は本当はジュプトルじゃなくて、ヨノワールさんだった。
僕はその事実をかたくなに拒んだ。だって、あのヨノワールさんが、悪者だったなんて。
きっとヨノワールさんはそれを武器にしていた。有名だから、だからこそ信頼を得やすいし必要な時に人出を集めやすい。
なんとかこっちの世界に帰って来た僕たちは事実をみんなに話して”ほしのていし“を食い止めるために時限の塔に向かった。
そこまではなんとか順調だったんだけど、一歩手前でヨノワールさんに足止めを食らった。
「あとは任せた――!」
”ほしのていし“を食い止めるということは、未来を変えることになる。未来を変えると、今の時点での未来という世界はなくなってしまう訳だから――。
「未来のポケモンは、消えてしまうんだ」
未来の世界に飛ばされて知ったことだけど、ポッチャマは元は人間で、”ほしのていし“を食い止めるためにジュプトルと一緒にこの世界に未来からやって来た。
つまり、”ほしのていし“を食い止めるということは、ポッチャマが消えるということ。
ポッチャマだけじゃない。ジュプトルも、ヨノワールさんも。
でもポッチャマはそれを承知で食い止めていた。
そして、無事闇のディアルガを倒して時の歯車を全て収めた時――これで、”ほしのていし“が免れた時、とうとう来てしまった。
平和の代償に未来のポケモンが消える。
その時の僕は世界を救えたことが嬉しくて仕方なくて、ポッチャマの様子に気付いてあげられなかった。
突然告げられたお別れ。意味が分からない。ポッチャマの体から無数の光が飛び出して空へと登っては消えていく。それはだんだんと多くなって、ついには。
「ポッチャマ! ポッチャマ――!」
僕の目の前から消えてしまった。
泣くことしか出来なかった。けれど、ポッチャマの最後の願いを叶えるべく僕はギルドへ帰った。
「ここであったことをみんなに話すのよ。こんなことは、二度と起こさないためにも……」
言われた通り僕は時限の塔であったことを出来る限り多くのポケモンに伝えて回った。
それが、ポッチャマの最後の願いだから。それが、未来の平和につながるのなら。
そして、だいぶ時が過ぎて、今回の事件のほとぼりも冷めて来たころ……。
ふと何かを思い出したように僕は海岸へ向かった。僕が大好きな場所。クラブが泡を吹いて、とても幻想的な子の風景が大好きだった。
そこに前に来たのは初めてポッチャマに会った時だと思いだした時僕は泣いていた。
友達、仲間、親友――どんな言葉もあてはめられない、大切な、大切なパートナー。
泣いて泣いて、関係のないビッパまで巻き込んで泣いて。
ふと、顔を上げたら、そこにポッチャマが立っていた。
何事もなかったかのように平和に時間が過ぎていく今。もちろん、自分で言うのもあれだけど平和なのはポッチャマや僕、ジュプトルの活躍があったから。
待っても待ってもポッチャマは帰って来なかった。とうとうしびれを切らして僕は飛び出した。行先は不明。
トレジャータウンを抜けて、自然と向かったのはあの海岸。
ここにポッチャマが居るって根拠はなかったけど、行ってみると見慣れた後姿があってびっくり。
「ポッチャマ!」
思わず駆け寄ったけど、ポッチャマの反応はない。心配して覗き込んで見るとようやく僕に気付いたみたいで項垂れた頭を少しだけ上げた。
「どうしたの? 朝起きて隣に居なかったらびっくりして、散歩に行ったのかなって待ってたんだけど待ってても帰って来ないから迎えに来ちゃったよ」
「そう。ごめんね、ピカチュウ」
おかしい。いつものポッチャマじゃない。すっかり笑顔はなくて、代わりに光を失った瞳が海を見つめていた。
「具合、でも悪いの? なんか元気ないよ?」
「大丈夫だよ。ちょっと、……ちょっと、気分が悪いだけ。少し休めば元に戻るよ」
「なら、いいんだけど。でも辛かったりしたら言っていいんだよ?」
ポッチャマには頼って欲しかった。ポッチャマが消える前までは僕が頼りっぱなしだったから。
前のことを何も覚えていないのに、本来なら僕がしっかりしなきゃいけないのに頼り切っていた。
「……あの、ね」
しばらくしてポッチャマはぽそり呟いた。僕は思わず背筋をぴっと伸ばす。
「罪悪感、っていうのかな。また、ピカチュウの傍に居れるのは嬉しい。この世界に戻って来たのは凄く嬉しい。だけどね、」
――ジュプトルやヨノワールさんに、申し訳ない気がして。
凍てついた矢で心臓を刺された気がした。
ぞくっと寒気にも似た、けどそれ以上に嫌な感覚が僕を襲う。
「私だけが生きてていいのかしら。未来の世界に飛ばれた時の夢を見て思ったの」
「そ、れ、は」
答えられない。僕も、ポッチャマと一緒に入れて嬉しい。戻ってきて本当に嬉しい。
だけど、その質問は重すぎるよ……。
「帰ろっか。変な話してごめんね。さっきの話は忘れて?」
「う、うん! 今日も探検、頑張ろうね!」
振り返ったポッチャマは、いつものあのポッチャマだった。