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シャボン、シャボン、

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 すき、って、おしまいだよ。
 貪欲になっては咽返る。先がなんにも見えなくて、ふらふらふらふら。彷徨って、躓いて、咳き込んで。なにも、もう、これ以上が判らないんだ。とてもとてもとてもすきだから、あいしてしまったから、もうどうしようもない!ねえ判るでしょう?こんなに惨めだ。ばかみたい、ばかのかたまりみたい。すごく幸せなきぶんで、すごく吐気がするんだよ。きっと、この、遣る瀬無いきもちをどうにかするには、たぶん、君と1人の人間になってしまって、けつえきも、さいぼうも、のうみそも、しんぞうも、しんけいに至るまで、ぜんぶ、共有しなくてはならないよ。だけれどそんなことは到底無理だ。だから、ちゃんとじぶんで、お片付けしようと思って。きれいに、しんでみようかな、と、思って。
 蛇口を、ぐいと捻った。途端じゃばじゃばと流れ出す水たちを、俺はただぼんやりと眺めていた。なんの感慨も沸かなかった。なんとなく、ふらっと、しに急ぎたくなっただけなのだし。それよりも、おわりが見えたんだ。この、どーしようもない、丸裸の、止め処ない想いのゆきさきの。だからもう駄目みたいだ。意地でもなく、気障でもなく、別段、恐怖を感じられなかった。不思議と。だからなんだか誇らしげなきもちになって、傍らのカミソリを手に取る。鈍色に光るそれを手首に滑らせた。
 つい。きれいに一直線が引かれて、たらたらと血が流れ出した。こんなもんじゃ駄目だ。じぐざぐ、じぐざぐ、じぐざぐじぐ。乱雑に、性急に、切り付けて切り付けて切りつけてきりつけてきり付けて。そうして、だくだくと溢れ出すヘモグロビンたちよ。お前にはなんの思いも沸かないのだ。透明な水面に、鈍く汚く俺の血液が混ざってゆく。お世辞にも美しくなんかない。それなのに、なぜか、ひどく幸せで、満ち足りて、不思議に笑いたくなった。
 好い加減に服が水を吸って冷えて、寒さを感じ始めた頃に。遠くで微かに足音が聴こえた。そしてその曖昧な、ともすれば幻聴とも思いがちなそれは、どたどたどたと次第に大きさを増し、そして今、浴室の曇りドアを開けた。目に、飛び込む金髪。一瞬俺は何がなんだか判らずに、そしてその騒音の主を把握すると、居ても立っても、笑い出さずには居られず、それでも抑えて控えめに、ゆうるりと笑ってみせた。
 、っにやってんだ手前!切羽詰ったこえが、俺の、ずたずたの手首を掴んだ。ずくんと重い疼痛に、思わず眉を顰める。ちょっと、痛いんだけど。そうじゃねえ、何してんだ、って訊いてんだ!なに、見て、判んないの?、っ。じさつ。彼は時々とても判らない。なぜか、目の前の彼は、ひどく傷付いたような、今にも泣き出しそうな、そんな、悲痛な、カオを、していた。なんで?俺がしねば万々歳なんじゃあないの?、っんなワケあるかっ、手前は、俺が、この手で、ころすんだ。
 なんて酷い横暴だ。と、思わず嘆息しそうになった。何を言っているのだ、彼は。それがそれほど残酷なことなのか、判らないのだろうか?判らないのだろうね、彼は、ひどく阿呆のようだから。なのに優しい。だから、きっと、いつまでも、俺をころせない。その長い間に、ずうっと、こんな重苦しいものを抱えて生きてゆかなければならないなんて、ある種の拷問だ。
 ねえ、判っているの?は?じゃあ、君は、俺を、あいしてくれるの?、お前、何言って。だってそうだよ、そうなんだよ、気付いていないでしょう?俺は君のことをすいていてあいしていてくるしくてしんでしまいそうな絶望さえも感じているのに。俺は君なしでは生きてはゆけないのに。君も俺なしでは生きてゆけなくなってくれるの?違うでしょう?だから、ね、不愉快だ。
 それだけ、吐き捨てるように呟いて、カミソリを首筋に当てて、そしてそのまま、一息に引き裂いた。ぱあ、と、綺麗な、花火のような、血液が、視界の隅に映った。ごめんね、君の残酷さに、俺はもう、ついてゆけないよ。それほどに、それほどに、それほどに。
 かみさまかみさまお願いだ。あぶくのように、

(あぶくのように消させて。生まれ変わったらだなんて、そんな不毛なお願い事はしないから。)
作品名:シャボン、シャボン、 作家名:うるち米