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本当に欲しかったもの

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本当に欲しかったもの


 ガタガタと振動するコックピットの中で、アムロはもう動かない男を抱き締める。
その美しい金髪を指で梳き、閉じられた瞼に口付ける。
「やっと貴方を手に入れた…」
愛おしそうに整った顔を見つめながら、まだ温もりの残る頬に自身の頬を擦り寄せる。
「俺に手を差し伸べたくせに、一度や二度それを振り払ったからって遠くに行くなよ。お蔭でこんなに時間が掛かった」
νガンダムのコックピットに座りながら、自分よりも大きなその身体を抱き締める。
無重力だからこそ、男よりも体格の小さな自分でも軽々と膝の上に抱く事が出来るが、やはりアームレイカーを操作するには邪魔になる。
しかし、地球の引力に引かれて落下を始めた機体は既に制御不能で、アムロは小さく溜め息を吐くとアームレイカーから手を離した。
「もうダメか…」
次第に熱を帯び始めるコックピット内でアムロはクスリと笑う。
「ちゃんと、貴方が望む通りに最高の機体を用意して全力で戦ったよ、だからご褒美に貴方をくれよ」
コックピット内にはさまざまなエマージェンシーアラームが鳴り響き、ライトが点滅している。
その中の一つ、通信を告げるアラームに気付く。
「そういえば通信を切っていたな」
シャアとの会話を他の人間に聞かれたくなくて通信を切っていた。
アムロは徐に手を伸ばすと、そのスイッチをオンにする。
繋がったモニターには、心配げな表情を浮かべたブライトが映った。
突然繋がった通信にブライトが叫ぶ。
《アムロ!無事か⁉︎》
アムロはクスリと笑うと、マイクをオンにして答える。
「ブライト、久しぶり。アクシズはなんとか軌道を変えた様だな…」
呑気なアムロの声に、ブライトがホッと息を吐く。
《ああ、作戦終了だ!全く、作戦中に通信を切るな!とにかく、とっとと帰艦しろ!》
モニターの向こうでブライトが叫んでいる。それを人事の様に見つめながらアムロが笑う。
「ははは、帰艦はちょっと無理だな」
《アムロ?》
「引力に捕まった」
アムロの言葉にブライトが息を呑むのが聞こえる。
《何とかならんのか⁉︎》
「うーん、シャアとやり合った時に結構やられたからな。おまけにアクシズをフルパワーで押して動力系も死んだ。制御不能だ。どうにもならない」
《アムロ!》
ブライトの後ろで、艦橋のクルー達が何やら叫んでいるのが聞こえる。
何とか自分を救おうとしてくれているらしい。
「…もう良いよ」
《馬鹿を言うな!》
「本当に良いんだよ。欲しいものは手に入れたからな」
そう言うと、アムロは腕の中の男をモニターに映る位置まで引き上げる。
そこに映った男の姿に、ブライトが驚愕の表情を浮かべる。
《シャア⁉︎》
「ああ」
この状況で、ピクリとも動かない姿に、ブライトがゴクリと息を呑んでアムロに確認する。
《…死んで…いるのか?》
「ああ」
短く答えるアムロの返事に、艦橋が騒めく。
「一人で死ぬのも癪だから、コイツを連れて行くよ。あ、でもコイツのが先に死んでるから、俺が連れて行かれるのか?まぁ、どっちでも良いや」
《馬鹿な事言ってんじゃない!どうにかならんのか!νガンダムの装甲は大気圏を越えられる筈だ!》
「無傷だったらな。そこらじゅう破損しているし、熱で誘爆する可能性が高い。おまけに突入態勢を取れないからな。運が良ければ大気圏は越えられるかもしれないが、そのまま地面に墜落して大破だな」
《こっちで計算しているが、今のままだと上手くいけばエーゲ海辺りに落ちる》
「海か…運がよけりゃ助かるかもな」
《何を人事みたいに!いつもみたいにもっと足掻けよ!》
「いつもみたいか…」
アムロは腕に抱えたシャアの髪をクシャリと撫でて笑みを浮かべる。
「なぁ、ブライト。スレッガー中尉を覚えているか?」
突然のアムロの問いにブライトが怪訝な顔をする。
《ああ、勿論覚えている》
「ブライトにとっては恋敵だもんな。覚えてて当然か」
《アムロ!》
「俺さ、中尉の最期を見たんだ」
一年戦争当時、ソロモンでの戦いで、ドズル・ザビ中将のビグザムに特攻を仕掛けて宇宙の散った仲間。そして、ミライの想い人。
「中尉さ、最期…死ぬって言うのに、笑っていたんだ。その時は何で笑えるんだって、中尉の気持ちが理解出来なかった」
あの時、スレッガーはアムロと共にビグザムへと攻撃を仕掛けた。
だからこそ、最後まで共にいたアムロだけが彼の最期を見届けている。
「でも、今なら何となくその時の中尉の気持ちが分かる」
《中尉の…気持ち?》
「ああ、心残りが無いから、死も素直に受け入れられたんだ」
《アムロ!何を馬鹿な事を言っている!大体、中尉はミライに惚れていただろう?ミライだって!心残りなんて大いにあっただろうが!》
ブライトの叫びに、アムロは小さく首を横に振る。
「中尉はさ、きっと生き残ったとしても、身を引いたと思うよ」
《何故だ?》
「うーん、ミライさんの為?」
《何でミライの為?お前だって知っているだろう、中尉の死をミライがどれだけ悲しんでいたか!訳のわからん事を言うな》
「そうだね…でもさ、中尉はきっと、自分がいなくても、ミライさんはブライトが幸せにしてくれるって思ったんだろうな」
二人が惹かれあっている事は何となく分かった。そして、それを見守っていたブライトの事も。
あんな戦場で、自分の想いを抑え込んででも、ミライさんの幸せを優先したブライトの優しさを知っている。
そしてスレッガーが、ミライのスレッガーへの想いが、明日をも知れぬ戦場での釣り橋効果的なものではないかと思っていた事も。
ブライトは何となくアムロの言いたい事を理解して、小さな溜め息を吐く。
《で、お前はどうして中尉の気持ちが理解出来るんだ?》
「…もう、心残りが無いからな」
アムロのその言葉に、ブライトが眉を顰める。
《アムっ!》
「俺さ…」
ブライトの言葉を遮る様にしてアムロが話し始める。
「俺、ずっと…この人が欲しかったんだ。だから、この人が俺との一騎打ちに拘るなら、それに付き合おうと思った。馬鹿みたいな改革をしようとしている癖に、俺に拘ってくれるのが嬉しかったんだ」
《アムロ…》
笑顔を浮かべるアムロに、ブライトが困惑する。
「この人以上に、俺の頭のがイカれてるのかもな」
《…何を言ってるんだ……》
それ以上何も言えないブライトを他所に、アムロが言葉を続ける。
「ようやく手に入れられたんだ。この人、俺が貰っても良いよな?」
シャアの死体を愛おしそうに抱き締める姿に、ブライトや艦橋のクルー達は言葉を失う。
「じゃあな、ブライト…」
《待て!アムロ!》
ブライトの静止の声を無視してアムロは通信を切る。
そして、真っ暗になったモニターから視線を外し、眼下に見える地球を見つめる。
「シャア…、地球だ…」
アムロは目を閉じると、もう一度シャアを抱き締め、その唇に自身の唇を重ねる。
「貴方だけが…俺の望む全てだ…。貴方がいれば、もう他には何も要らない…」

νガンダムの白い機体が摩擦熱で真っ赤に染まる。
そして、引力に引かれた機体は地球へと吸い込まれる様に落ちていった。



「νガンダム、機体反応喪失!」
オペレーターの言葉に、ブライトの放心していた頭が現実へと引き戻される。
作品名:本当に欲しかったもの 作家名:koyuho