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サヨナラのウラガワ 7.5

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サヨナラのウラガワ 7.5


「は――」
 どん、と頭に衝撃を受けた。
 痛いと感じたりはしなかった。気づけば剣の突き立つ荒野に立っている。
「あれ? 俺……」
 何がどうなっているのかと、首を捻ろうとした途端、目の前に別の荒野が現れた。
 いや、荒野じゃない。
 これは、町だった感じの、
「っう――」
 首に重い衝撃を受けた。
 ぐらり、と視界が傾いていく。世界が赤く染まっているのは、血だろうか……。
 どうにか目だけは動かすことができたけれど、見なければよかったと後悔した。
 ギラギラした二つの目と目が合って、何かを言う前に赤錆た何かが視界を覆った。
「っは!」
 瞬けば、剣の荒野に立っている。
「俺は……、いったい……、なにを……?」
 頭を整理する前に、また荒野に来ている。今度はすぐに地に手を付いた。
 ブン、と何かが頭上をかすめた音がして、脱兎の如くその場から転がって離れる。
 振り返れば、俺が今いたところに、赤錆た斧が刺さっている。
「な……ん、で……」
 ようやく理解した。
 俺はさっき、あれで殺されたんだ。
 その前は、何かが頭に当たって、いや、もしかしたら、あの斧が頭に振り下ろされたのかもしれない。
 ゾッとして、また距離を取る。
 自分がここにいる意味がわからない。けれども、これが守護者のやること……、すなわち、アーチャーがやってきたことだと、なんとなく気づいた。
 俺が見た、アーチャーの過去とは少し違う。
 こんな光景は知らない。
 けれども、何をするのかは明確だった。
 俺はここにいる人間を殺さなければならないんだ。
 理由なんかわからない。
 なんの説明もないから。
 だけど、この人たちを殺さなければ、仕事は終わらない。
 それだけはわかる。
 意味もなく俺は剣を振るうのか……。
 アーチャーはずっと、こんなことを続けていたのか……。
「投影開始(トレース・オン)……」
 手に馴染む感覚で現れる夫婦剣は、俺が投影していた物よりずっと精巧で頑強だ。
 そうか、代わることができたんだ。
 じゃあ、アーチャーは人として過ごすことができるんだな。
 よかった。あの女(ヒト)に会いに行ったかな?
 アーチャー、幸せになれるといいな……。
 俺も、頑張らなきゃ。
 さいわい俺にも、アーチャーの培ったスキルが使える。でも、
「あぐっ」
 背後から押された。
「がは……っ」
 あ……、何かに、貫かれてる……。
 なんだろう、と振り返る間に、ごっ、という鈍い音がして、真っ暗になった。
「はっ!」
 目が覚めたように瞼が上がる。
「あ、ここ……」
 剣の丘だ。アーチャーの座にいる。
「俺は……」
 アーチャーの代わりに守護者として働かなければいけないんだ。それを俺も望んだ。
 魔力に不足はないし、スキルもある。
「足りないのは……」
 経験値だ。
 圧倒的に俺は、アーチャーの経験値に及ばない。
「どうすれば――」
 解決策も浮かばないまま、いや、そんな間もなく、また召喚されていく。
 最初に来るのは斧だ。それを避けて、すぐにそこを離れる。同時に剣を投影して、背後からの攻撃を躱して剣を薙ぐ。それから――――。



 終わらない。
 全然、終わらない。
 俺が何度も失敗するから。
 何度も何度も同じ場所と時間に召喚される。
 殺されて終われない。
 殺さなければ終わらない。
 もう、何がなんだか、考える暇もない。
 何度も同じシチュエーション。
 何度も同じ人間の断末魔……。
 ためらってはダメだ。
 俺が押し出されるのは、敵陣の真っ只中なんだ。躊躇すれば殺される。
 先手を打って攻撃しないと終わらない。
 この手が赤く染まるのは仕方がない。
 この手が脂で滑るのは、どうしようもない。
 この手が……、この身が……、この心が……、赤く赤く赤く……。

 ああ、赤い……。
 アーチャーの座は赤い。
 血気に咽ぶような荒野だ。
 俺が殺した人たちに、いったいなんの咎があったというんだろう。
 俺を襲う武器はみんな、斧や鋤や鍬や鉈や包丁。農耕具や生活に必要な物ばかりだった。あの人たちが何をしたんだろう。
 俺は、何をしているんだろう……。



***

 最初の“仕事”は惨憺たる有り様だった。
 確か百に近い回数の召喚で、ようやく“仕事”を終えたんだった。
 そのころに比べたら、今は十数回の召喚で終わることができるから、ずいぶんマシになったと思う。
「はあ、やっと終わった。これで、還れ――」
 パン――――。



 乾いた音が耳に残っている。
 直前の光景に呆然とする。
 俺の意識が失われる前に見えたのは、
「子供?」
 座に立ち尽くして呟く。
 最後の最後にしくじったみたいだ。これで終わりだと思っていたら、至近から狙撃された。
 警戒もしていなかった。
 俺の頭蓋を撃ち抜いた銃を持っていたのは、十になるかならないかの子供。
「子供……か」
 気が滅入るものの、仕方がない。殺さなければ終わらない。
 すぐに召喚された俺は、今度は最後まで気を緩めなかった。
 俺に銃を向けた子供の首が重そうに土の上に落ちたのを、ただ見ていた。
 これが、俺のやるべきこと。
 今さら何も思いはしない。
 だけど、座に還っても震える指が、なかなか剣の柄を離さなかった。



 座に還ってくると、また次の召喚に向かう。
 俺に休む暇はない。一つの仕事に何度も召喚を重ねないと終われないからだ。
 仕事が一つ終われば、すぐさま次の仕事に向かう。
 ブラック企業も舌を巻くハードさだろう。
 それでも匙を投げるわけにはいかない。
 俺が望んだんだ、代わってやれればって。
 だから……。
 血に染まることも、厭わないんだ……。



***

 ああ、早く死にたい。
 痛いのは、もう、ごめんだ。
 しくじった。
 とっ捕まって拷問だなんて、バカだなぁ、俺……。
 死なない程度に痛めつけることを熟知してる奴って、人間としてどうなんだ?
 いろんな人間がいるのはわかっていたけど、こんなとんでもない趣味の奴は初めてだ。
「ヒヒヒ……」
 気味の悪い笑い声に背筋が寒くなる。
 もう剥がす爪もないし、潰す指もない。局部に針を刺したって、俺は何も知らないし、なんの利益ももたらせないっていうのに……。
 いい加減、諦めてくれないだろうか。
 それにしても、魔力はあるのに傷が治らないのはどうしてだろう。まあ、今の状況で傷が治ったりすると、もっと面倒になるからいいんだけど……。
 痛い……。
 早く、もう……、死なせてくれよ……。
 俺の望みは、結局その後、十日近く叶うことはなかった。
 やっと死ねたら、すぐさま同じ場所と時間で仕事をはじめからやり直しだ。
 今度はしくじらないように努めた。
 俺にとって死は、リセットボタンなんだと、今回初めて気がついた。
 やっぱり俺は、鈍いらしい。



***

 守護者の仕事にはずいぶん慣れた。
 まだ未熟だから、一回の召喚で終わらせることはできないけれど。