茜空
「クレオ」
声をかけられて振り向けば、タツマが階段をのぼってきていた。
「タツマ様、どうされたんですか?」
「クレオのこと探していたんだ」
「なにかご用ですか」
「いや、特に用があるって訳じゃないよ」
きょとんとする彼女にタツマは困ったように笑う。
「別に家族なんだから用がなくたってよくない?」
「え?あ……ええ、そう、でしたね……」
そう言った後に慌てるクレオの顔をちらりと見た後、タツマも窓辺に寄り添った。
「夕焼け、キレイだね」
「……トランの湖が光で反射していて綺麗ですね」
二人はそれっきり黙りこんで夕焼けを眺めた。きらきらと水に光を反射させていた太陽は、気がつけばあっという間にその姿の半分を地平線の下に隠している。やがてゆっくりと沈みゆき、最後に一筋の光を残して消えていく景色を見届けた後、タツマはゆっくりと口を開いた。
「……ねぇ。クレオは魔術師の島のこと、覚えてる?」
「レックナート様と初めてお会いした時ですか?」
「うん。随分前のことのような感じがするよね」
「本当ですねぇ。そんなに昔じゃないはずなのに」
「フッチとテッドがケンカしてたよね。島に着いた時にはルックにいきなり攻撃されたりしてさ」
「確か、そこでもテッド君はルック君に文句を言っていましたね」
「テッドってばケンカばっかり」
二人は顔を見合わせると、くすくすと笑った。
「……そこでさ、クレオがレックナートに言われたことも覚えてる?」
「私がレックナート様に……」
クレオははっと、以前はレックナートから授かった火の紋章が、今は烈火の紋章が宿る右手を見る。
「そ、そんな……まさか!レックナート様はわかっていた、と……!」
クレオはぐらり、と地面が揺れたような錯覚を覚え、思わず壁に手を当てて叫んだ。
「なら!なら何故あの時はっきりと教えてもらえなかったんだ!未来はこうなると!」
かつて自分が家族と呼び、幸せを築いた人々は目の前の少年を残していなくなった。例え歴史がそうなる運命であったとしても、あの時わかっていたならば。首を傾げたまま受け取った紋章球とレックナートの言葉の意味を理解できていたならば。ソウルイーターが飲み込む魂のカタチは違ったのかもしれない、と。あるいは自分が命をかけて他の者たちを救えたかもしれない、と。決して考えてはならないと感じても、思わずにはいられない感情が湧き上がる。
「違う。違うよ、クレオ」
クレオは再びはっとなって面をあげると、まっすぐに迷いのない顔でタツマが彼女を見ていた。
「例えレックナートがわかってたとしても、それを求めるのは間違ってる。彼女はルックの力を貸してくれたし助言してくれた。それだけでオレは十分だよ」
それに、と言ってタツマは星が瞬き始めた空を見上げた。
「こうなる運命だったなんて思いたくない。確かに隠された紋章の村で出会ったテッドと再び巡り会えたのは、運命だったのかもしれない。でも、テッドとオレが仲良くなれたことも、パーンが戻ってきてくれたことも、グレミオが最期までオレたちを守ってくれたことも、オレが父上を越えることが出来たことも……運命なんて簡単な言葉で片付けたくないんだ」
「坊ちゃん……」
あの輝かしい暖かな日々が当たり前のように運命づけられていたのではなく。全員が相手の幸せを願い、己の心に嘘はつかないようにと生きてきたから築き上げられたのだ、と。過酷な運命を辿るタツマ自身がそう信じている。人と比べたら急速すぎる日々の中でも彼はきちんと成長してきた。それを見られた喜びと、見届けたのが自分だけという悲しさとが混ざってクレオは涙をこぼす。その姿を見てタツマは優しく笑った。
「でもオレ、レックナートの“クレオは最後まで側にいてくれる”って言葉は信じてるんだ。運命は信じないなんて言っておきながら都合いいでしょ?」
「あはは……ええ、本当に」
「……オレ、信じてるから」
だから、とタツマは一瞬歪んだ顔を咳払いで振り払い、クレオと向かいあった。
「タツマ・マクドールとしてクレオに命令する。もうすぐ戦いが終わる。それまででいいから……必ず最後までついてきて。クレオだけは飲み込まれないで……っ」
その先の言葉を続けられず顔を背け夜空を見上げたタツマの足元に、クレオは再びこぼれ落ちた涙も拭かずにひざまずいた。
「おまかせください、タツマ様。このクレオ、必ずや戦いが終わるまで貴方をお守り致しますゆえ」
『茜空』
(そして未来へと進もう、なにが待ち受けていたとしても)