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米兵のいる街

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天気予報を裏切って振り出した雨に、黄瀬は口を尖らす。
「せっかくセンパイとストバスできると思ったのに~。ツイてねっスわ」
「仕方ねえだろ。今日はお預けだ。こんな雨ン中でストバスして、母校のエースに怪我なんかさせられねえからな」
 威厳のある物言いで、笠松が黄瀬に応える。
 笠松は昨年度に卒業したバスケ部の先輩で、チームのエースである黄瀬を精神的な面で指導してくれた元主将だ。現在は大学でバスケをしている。
「つっても、せっかくここまで来たのに、ただ帰るのも癪だよな。……よし。横須賀といえば海軍カレーだ。今日はオレが奢ってやるよ」
「え。いいんスか?」
「ああ。ちょうどバイト代も入ったところだしな」
 先輩らしく頼もしい表情で笠松は答える。
 人気モデルの黄瀬からすれば、普通の大学生のバイト代など安いものなのだが……ここは後輩として素直にご馳走になるべき、と黄瀬は判断した。
「じゃ、遠慮なくご馳走になるっス! センパイ、どこか良い店知ってるっスか?」
「いや、知らねえ。テキトーにその辺の店入ればいいだろ」
「えー。口コミとか調べてから行かないんスか?」
「んな女子みてえなことするかよ、面倒くせえ」
 切り捨てるように言って、笠松は近くにあった飲食店へさっさと入っていく。
 諦めて、黄瀬もその後をついていった。店はアメリカンテイストな内装で、先客の中にはアメリカ人と思しき外国人が数名いる。
「黄瀬、何にする? オレはポークカレー」
「あ、じゃあ、オレはチキンカレーで」
「了解」
 カウンター席に並んで座ると、笠松はすぐに料理を注文した。出された水を飲みながら、注文の品が届くのを待つ。
 少しすると、まずは牛乳とサラダが運ばれてきた。どちらも、横須賀のカレーには欠かせないものだ。それから、黄瀬の前にチキンカレー、笠松の前にポークカレーが置かれる。
 運んできたウェイトレスの女の子の視線が気になったので、黄瀬は軽く愛想を振り撒いておいた。隣から笠松が黄瀬の脇腹に肘を入れてくる。
「痛いっスよ、センパイ。何するんスか」
「うるせえ! お前がへらへらしてるからだ!」
 鋭く言い放った笠松に、黄瀬は驚いて肩を竦める。が、笠松の耳が赤いのを認めて、すぐに合点した。
(そっか。笠松センパイは、女の子が苦手だっけ)
 余計なことしちゃったな、と反省しつつ、黄瀬は自然な動作で食事を始める。ウェイトレスの娘に、これで終わり、と暗に示したつもりだった。相手の娘も察したのか、「ごゆっくりどうぞ」と頭を下げて去っていく。
「ったく。こんな時まで、ちゃらちゃらとファンサしやがって」
 笠松が愚痴を溢す。
「すんませんって。てか、何もしばかなくてもいいじゃないスか」
「うるせえ。足は避けてやったんだから、有難く思え」
「――それは、まあ、そうなんスけど」
 小さな声で応えてから、黄瀬は黙ってカレーを口に運ぶ。
 暫く無言でカレーを咀嚼してから、「ねえ、センパイ」と話を切り出した。「なんだ」と、笠松の目がこちらを向く。
「オレ、次のインターハイ、絶対優勝するっスからね」
「なんだ急に。改まって」
「……センパイとは、果たせなかった夢なんで」無意識に目を伏せていた。「オレ、肝心な時に足痛めたりスタミナ切れしたりして、あんま良いエースじゃなかったっスから。これから、そういうの挽回していくっス」
 なんだか湿っぽいこと言っちゃったな、と黄瀬は思う。だけど、一度気持ちを伝えておきたかった。笠松が自分の体を気遣う度に、黄瀬はそれが気になっていたのだ。
 それに、笠松が何も言わずとも、去年のウィンターカップ、せめて三位決定戦で自分が欠場せずに済んでいれば、と思うことが度々ある。
「オレのことなら気にすんな。エースにオーバーワークさせたこっちにも責任はあるし、そういうもん全部ひっくるめたのが試合だからな」落ち着いた声で、笠松は続ける。
「ウィンターカップに関しちゃ、最終的にオレらに勝った誠凛が優勝してくれたからいい。
 インターハイに関しては……、そうだな。近いうちに、お前が数分でも青峰を超えられる選手になってくれたらいい、とは思う」
 笠松は言葉を切り、黄瀬に笑顔を向けてくる。「ま、体力づくりや技術の向上も大事だが、まずは何より、資本である体を日頃から大事にすることだな。限界ぎりぎりまで全力を出し切るお前の根性は嫌いじゃねえが、だからといって、オーバーワークはダメだ」
「……はいっス」黄瀬は笠松の目を見て答えた。
 カラン、とドアベルの音を鳴らして、新しい客が店に入ってくる。
 米兵かと思われる数人の男達の会話が、黄瀬の耳に入ってきた。強いて言えば英会話は得意な黄瀬の耳で、basketballという言葉が辛うじて聞き取れる。ジャバ……なんとかとも言っていたような気がするが、そっちは正確に聞き取れない。
「あの人達もバスケするんスかね」
 アメリカ人に目を向けたまま、黄瀬は問う。
「さあな。そうかもしれないし、観戦するのが好きなだけかもしれない」
「ああ、そっか。あっちは本場だから、日本より試合の数もファンの数も多いっスもんね」言いながら、黄瀬はスプーンを指で弄ぶ。「そういや、あっちには強い奴がたくさんいるって火神っちが言ってたっけなー」
「火神って、誠凛の?」
「そうっス。火神っち、アメリカの帰国子女なんスよ。――あーあ、いいなあ。オレも強いアメリカ人とガチで試合してみたいっス」
「同感だな。オレも一度お手合わせ願いたい」
「っスよね!」黄瀬は満面の笑みで笠松に応える。「あ、もしそれが叶うことになったら、試合がある日教えてくださいね。オレ、センパイの応援しに行くんで!」
「ああ? 忙しい高校生が何言ってんだ。そんな暇あったら練習しろ」叱責しつつも、笠松は満更でもないように笑う。「ま、本当にそんな機会があったら、試合の日程くらいは教えてやるよ。どうしても応援するっつーなら、自分の練習に響かない範囲でな」
「はいっス!」
「お前こそ、もしそんな機会があったら教えろよ。試合見に行けたら行くし、ダメでも応援はしてやるから」
「えっ、ほんとっスか!? 分かったっス! 絶対教えるっス!」
「声がでけーよ」
 黄瀬のはしゃぎっぷりを見て、笠松はくつくと笑う。

 その笠松が、アメリカのストバスチームと決して好ましいとは言えない試合をすることになるのは、これから僅か数か月後のことだった。
作品名:米兵のいる街 作家名:CITRON