from Akita to Tokyo
氷室辰也は、バスケ部の後輩の紫原敦と共に、ビーチパラソルの下でアイスを売る女性の手つきを眺めていた。
女性の手が保冷缶の中のアイスをヘラで掬って、コーンの上へ。また掬って、今度は角度を変えてコーンの上へ。それを内側から外側に向かって何度か繰り返していく。あっという間にコーンの上には、バナナ味の黄色と苺味のピンク、二色のアイスのバラが咲いた。
「はい、どうぞ」
「わーい。ありがと、おばちゃん」
ゆるい口調と表情で言って、敦がアイスを受け取る。彼が今日このアイスを買うのは、既に三度目だった。
「よく食べるなあ、アツシ。でも大丈夫かい? 監督からは数を控えるよう言われているだろう?」
「室ちんが言わなきゃバレねーしー。まさ子ちんには黙っててよ」
子供っぽく言って、敦はアイスを齧る。
「仕方ないな」と、氷室は笑って肩を竦めた。
「ん~? メールだ」
緩慢な動作で、敦がスマートフォンを取り出す。「あ。アゴリラだ」シャリシャリとアイスを齧りながら、片手で操作し始めた。
敦がアゴリラとかモアラとか呼ぶのは、昨年卒業したバスケ部の先輩で、元主将の岡村だ。
「時々連絡取ってるようだけど、一体どんな話をしてるんだい?」氷室は尋ねる。
バスケに対する情熱が薄い敦が、卒業した先輩とバスケの話題で盛り上がるとは思えなかった。
「お菓子の話とかスイーツの話~。大体は情報交換かなー」
案の定、バスケ以外の話題のようだ。「こっちは駄菓子好きであっちはスイーツ好きだから、そんなに話が合うわけでもないんだけど」言い訳するように、敦はそう付け足した。
「へえ、そうなんだ。ところで、何かバスケに関する話はしないのかい?」
「えー。するわけないじゃん。室ちんみたいなバスケ馬鹿じゃあるまいし」
「じゃあ、彼がバスケを続けているかどうかも知らないのかな」
「知らねー。気になるんだっから、自分で訊けば~?」
「それだけのために突然連絡するのも、ちょっとな……」
「あーもー、面倒くさいなー」
言いながら、敦は片手でスマホを取り出しタップする。「はい」そう言って、自分のスマホを氷室に差し出してきた。
「What?」
「電話かけたから、知りたきゃ自分で訊きなよー」
「ああ、そういうことか」
氷室が画面を覗くと、敦のスマホがコールしている最中なのが分かる。氷室はスマホを受け取って、耳に当てた。
『もしもし?』
コール音が切れて、懐かしい声が耳に響いてくる。
「Hi. 岡村先輩。お久しぶりです」
『……ん? お前、氷室か。なんじゃ、紫原じゃないんか』
「すみません。アツシのスマホを借りてます」
『そうか。久しぶりじゃの~、氷室。元気しとったか?』
「ええ。岡村先輩も、お元気そうで。大学生活はどうですか?」氷室は尋ねる。
岡村は、秋田を離れて東京の大学に通っていた。
『おお。勉強にバイトに、それなりに楽しんどるぞ。ただ……』
「ただ?」
氷室が訊き返すと、唸るような声が電話の向こうから聞こえてくる。
『バスケは続けとるし、イメチェンもして合コンにも行っとるのに、さっぱりモテんのじゃー! やっぱり顔なのか~! お前さんみたいに顔が良くないとモテんのか~!』
うおぉー! という叫び声が電話の向こうで木霊する。あまりの大声に、氷室はスマホをそっと耳から離した。
(こういうところさえなければ、一応良い先輩なんだけどな)
氷室は苦笑を浮かべる。敦のほうに目を向けると、辟易とした目と目が合った。あれだけの唸り声だ。やはり、敦の耳にも届いていたらしい。
「そのうち、いい人が見つかりますよ」氷室はテキトーに返しておく。「バスケは、今でも続けているんですね」呻く岡村を無視して、自分が訊きたいことを訊いた。
『おう。今はストバスの大会に向けて頑張っとるわい。そうそう。チームのメンバーが、紫原と関係のある奴らなんじゃ』
「アツシと?」
氷室の声に、敦が反応する。とうにアイスを食べ終え、てんぷらチップス本格天つゆ味を食べていた敦が、氷室の身長に合わせるように屈んでスマホに耳を寄せた。氷室も百八十センチ以上ある高身長だが、敦は2メートルを超えている。
「オレがなに~?」
『お。紫原か』
スマホの裏側から発した声だったが、敦の声は岡村に届いたようだ。氷室は敦も聞きやすいよう、スマホの向きを変える。
『ワシの今のチームメイトの話をしとったんじゃ。
メンバー全員が強豪校の出身なんじゃが、それぞれの母校がキセキの世代を抱える高校でな。
まず、お前さんがいる陽泉高校出身のワシ、黄瀬のいる海常出身の笠松、青峰のいる桐皇出身の今吉、緑間のいる秀徳出身の宮地、そして赤司のいる洛山出身の樋口。この五人じゃ』
キセキの世代とは、全中三連覇を果たした帝光中学でスタメンだった天才五人のことだ。
氷室は中学時代をアメリカで過ごしているので、一つ年下の彼らが中学バスケ界に君臨する様を直接見てはいない。ただ、同じ高校のバスケ経験者から様々な噂は聞いている。また、彼らが二年生の時までの活躍であれば、氷室と同い年で帝光中学バスケ部主将経験者の虹村からアメリカで聞いていた。
『お前達キセキの世代は、どいつもこいつもアクが強いからの~。お前達の話を始めると話が尽きんわい』
がはは、と岡村が大声で笑う。
「勝手に人の話で盛り上がんないでよ~」と、敦が眉間に皺を寄せた。
「普段から彼らの話をしているなら、今年のインターハイの結果もご存じなんですか?」氷室は尋ねる。
『おお。海常戦は笠松と一緒に観に行ったわい。……結果は残念じゃったのう』
「……はい」答える声に悔しさが滲んだ。「次は必ず勝ちます」
「もー。やめてよ、そういうの。暑苦しい~」
敦が鬱陶しそうな声を出す。「たかがバスケの試合なんだからさあ」冷めた声で言って、どこからか出したまいう棒を齧り始めた。
「アツシは黄瀬君に負けっぱなしでもいいのかい?」
「は~? いいわけないじゃん。次はぜってー勝つし」子供みたいな態度で敦は怒る。「暑苦しいのは嫌だけど、負けるのはもっと嫌だもん」
「そうか。じゃあ、そろそろ帰って練習しないとな」
「……もう一個アイス食べてから」
「もう何個も食べただろう?」
「だって、暑いんだも~ん」駄々っ子みたいに敦は拗ねる。「そりゃ、東京よりはマシだけどさー」スマホをちらっと見てから、そう言い足した。
「仕方ないな、あと一個だけだぞ?」
「わーい、さすが室ちん」
敦が嬉しそうな声を出す。
『おいおい』と、スマホから岡村の声が聞こえた。『あまり甘やかすなよ、氷室』
「分かってはいるんですが、つい」
氷室は苦笑を浮かべる。「昔から、懐いてくる年下には弱くて」
たとえそれが、憎らしいほど才能に恵まれたライバルであっても。
今は東京にいるアメリカ時代の弟分――火神大我の姿を思い浮かべながら、氷室は胸中でそう呟いた。
作品名:from Akita to Tokyo 作家名:CITRON