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長き戦いの果てに…(改訂版)【9】

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21.フェリシアーノ




「具合はどう、ヨハン?」
病室をフェリシアーノが訪れていた。
熱が出たせいでまた散々調べ回されたヨハンが、ようやく解放されたのを見計らっての来訪だった。
「ん……まだ、しばらくは帰れそうもないけど、大丈夫だよフェリ。もう、死にはしないから……ありがとう」
きつそうにかすれた声が答える。
「そっかあ、よかった。ゆっくり休んでね、早くよくなるようにおまじないだよ」
フェリシアーノが額にそっとキスすると、黒い瞳がわずかに潤みを帯びた。
「フェリには迷惑ばかりかけて……本当に済まないと思ってる」
それを聞いた瞬間、いつもはおとなしい彼が気色ばんだ。
「そんなこと言わないでよ、ヨハン。だってお前のせいじゃない、あれはそもそもゲルマンさんが──!」
病室で大声になりすぎたと思ったのか、フェリシアーノはあわてて声を落とした。
「そりゃ確かに、お前がいなきゃ、きっとルートは返ってこなかった…とは思う。その点だけは、あの人は間違ってなかったよ……でもね、あの時は、ほんとに死んじゃうんじゃないかと思ったんだ」
でもそこまでするなんて、よっぽどルートのことが好きなんだね、とフェリシアーノは冗談めかして笑ってみせたが、ヨハンの表情は硬いままだった。
「好きとか、そんなんじゃないんだ……俺は、隊長に命を救われた恩があるから、隊長のためならどんなことでも、俺の命だって……」
声が途切れ、黒い瞳から大粒の涙がこぼれた。
「どうしたのヨハン?どっか痛いの!」
「だ、だいじょうぶだ、何でもない」
ヨハンはそう言ってフェリシアーノに背を向けた。
「何でもないなら、どうして──」
「ほんとに、何でもないんだ!だから……もう帰ってくれ、頼む」
フェリシアーノは震える肩にそっと手を置いた。
「だめだよ、こんなお前を置いてなんか帰れない」
「頼むから……もう俺のことは放っといてくれ!」
口ではそう言うが、肩に置いた手を振り払うそぶりもない。やはり放っては置けない。フェリシアーノはヨハンにそっと寄り添った。
「話したくないならそれでもいいよ、でも俺は帰らないから。お前のそばにいるよ、だって──」
耳元で囁く声に、ヨハンの肩が小さく震えた。
「このまま置いてったら……今度はお前がいなくなっちゃいそうな気がする」
「何で……そんな…」
「俺には分かるんだ」
フェリシアーノは笑ってすぐに訂正した。
「なんてね、嘘だよ。ほんとはそんな気がするだけ。でもやっぱり……置いてけない」
「……」
フェリシアーノは黙ってヨハンに寄り添った。苦しみに凍てついた彼の心を、自分の温もりで少しでも溶かしてやることができればと思って。
室内は沈黙に包まれていた。白い部屋の中にかたん、かたんと窓をたたく風の音だけが単調に響く。物音ひとつせず、建物は死んだように静まり返っていた。
どれほどの時間が経ったのだろうか、ヨハンがぽつりと呟いた。
「……俺は、どうして生きてるんだろう」
肩を抱くフェリシアーノの手に力が入る、だが声は出さなかった。
「どうしてあの時、死んでしまわなかったんだろう」
──どうして。
ヨハンは何度も何度も、繰り返し自分に問い続けていた。
フェリシアーノも幾度となくその言葉を聞いてきた。
名も知れぬ人々が、遠い歴史の中で無数に繰り返してきたその問いに、未だ答えはない。
フェリシアーノはヨハンの耳元でひっそりとつぶやいた。
「……ねぇヨハン、お前が…もし、死んだら…」
無言の背中がびくりと震えた。
「……俺は、悲しむよ」
返事はなかったが、フェリシアーノは話し続けた。
「ルートもきっとそうだよ、理由なんかない、お前が好きだから、お前には生きてて欲しいんだ」

──人はどうしてこんなに弱い生き物なんだろう。
フェリシアーノはいつもそう思う。
自分は人間とは比べものにならないほど長い時を生きてきた。無数の出会いがあって、同じほどたくさんの別れも経験した。
人間は歴史という名の荒波に揉まれ、流されて、やがて塵のようにはかなく消えていく。泣いたり、笑ったり、悲しんだり、喜んだりしながら短い人生を風のように駆け抜けていく。
これまでたくさんの命を見送ってきた。その中で何度も繰り返し学んできたはずなのに、どうしても彼らを突き放すことができなかった。
どうせすぐ死んじゃうのに、どうしてそんなに──何度も何度もそう叫んだ。
出会いと別れを数限りなく繰り返し、幾度も血の涙を流した。幾度も胸が張り裂けて、ようやくその問いには答えなんかないのだと気が付いた。
理由なんか要らない、説明も要らない、誰もそんなもの求めてはいない。答えなんかないってことに、本当は彼らだってとうに気がついていたのだ。
目の前の愛しい命をただ抱きしめること、自分にできることはそれだけだ。燃やし尽くそうとする短い命を黙って抱きしめて、最後まで見守ってやるだけ。
それが自分の役割なのだとようやく気が付いたのは、いつのことだっただろうか──

「ヨハン、お前は……なんで自分が生き残ったんだと思う?」
答えはなかったが、彼の背中が小さく震えて強張るのが分かった。
「……ねえ、そんなのきっと誰にも分かんないよ」
フェリシアーノはため息をつくようにささやいた。
「だから俺の為に生きてて欲しいんだ、俺はお前のことが好きだから。他に理由はいらない、ただ生きてて欲しいんだ。俺……わがままかな?」
肩を抱いた手に、震える手が伸ばされた。フェリシアーノは迷わず指を絡めて離れないようにしっかりと握りしめ、声を殺して泣いている彼を優しく抱きしめた。
今の自分にできることはこれだけだ。
目の前を風のように通り過ぎてゆく儚い命だと分かっていても、せめて今だけは──フェリシアーノは祈るような気持ちで彼を抱きしめた。