大人になりたかった
堂島さんの車は苦手だ。隣同士ということになんだか緊張してしまって、自分の
右側が気になってしょうがない。何度乗せられても慣れない。煙草の匂いが染み
付いたシートも、ミラーにぶら下がっている変なマスコットも(おそらく菜々子ち
ゃんのものだと思われる)。自分を拒絶されているような感覚に毎回苛まれるのだ
。被害妄想なだけかもしれないけれど。
そわそわするたびに、お前は菜々子以上に落ち着きがないな、とからかわれる。
別に車に乗れてはしゃいでる訳じゃないのに。心外だ。
今日は朝からデスクにかじりついていたので胃の中はすっからかん。ぼんやり外
を見ていたら酔いそうになって、眉間を親指で強く押した。隣から少し慌てた声
がする。
「おい、どうした?」
「や、ちょっと酔いそうになっただけです。大丈夫っす」
「10分も走ってないぞ」
「朝からずっと書類整理してて、コーヒーは飲んだんですけどね」
外の風景は代わり映えのしないたんぼと、ときどき電柱。なにもない筈のそこに
なにかがぶら下がっている気がして吐き気がした。口元を押さえると、ここで吐
くなよ、と焦った声で言われて少し笑ってしまう。
僕の奥底に沈めたものを吐き出したら、あなたはどんな顔をするのだろう。怒る
のかな。それともさっきみたいに苦笑いするかな。謝ったら、許してくれるかな
。
「サボるのは得意なくせに要領悪いな、お前は」
「あはは、…すみません」
「真面目なのは褒めてやるよ。先に飯にするか」
「すみません」
「まったく、手のかかる。うちの甥っ子の方がまだましだぞ」
「そこまで言いますかー?」
「まぁ、俺から見りゃどっちも子供だがな」
あんなガキと一緒にすんな。
よほど言ってやろうかと思ったけど、そっちの方がずっとガキみたいだと思って
やめた。