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YOU HAVE TO GO TO THE BARBER !

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毛玉だ。毛玉が動いている。そう思ったのは三日前のことだった。
 俺の目の端やら首元で揺れる髪は細くて柔らかい。毛先に行くほどふわふわと波打って、それなりに自慢の髪だ。飲んだ暮れの某女史に恨み言を言われた位で、それを理由に無理矢理酒盛りに参加させられたこともある。あるいは、彼女のワインレッドを孕んだ濃い髪も美しいと思う。低重力下の船内であの豊かな髪が緩やかに舞うのには目を奪われる。
 しかし、目の前のこれは、どうだ。
 随分と自由奔放な黒い犬っ毛があっちへこっちへと忙しない。量もそれなりに多い。しかも硬いから、絡まると手に負えない。流石に当の本人も気になり始めたようで、時々指を差し込んでは苦い顔をしている。しているように見える、のだ。この子供はあまり表情を変えないから、ほんの少しの差異だけれど。俺にはそう、見えた。だが注目すべきはその後の行動で、絡め取られた指を暫く格闘して引き抜くだけで、何もしようとはしないのだ。ちょっと、待てよ、おい。
 もっと酷いのが前髪だった。ここは俺も人の事は言えないが、この際だ。あれは、酷い。鼻先につく程に伸びたそれは、相当にこの子供の視野を削っているだろうに。くるり、と鼻先に当たって毛先を曲げた状態のままで放っておかれている。ある種の不憫ささえ感じる。別におまえさんの髪の毛だってそこまで伸びたいわけじゃないだろうに。それを子供は払う事もせずに、放置だ。よく見ると、子供らしく長い睫にそいつらが引っ掛かって瞬きをする度に一房、二房、動いたりする。かわいいなぁ、綺麗だなぁと一瞬見蕩れるが、そうじゃない、本旨は、そこじゃないんだよ刹那!
 あまりにも気になったので、昨日の昼辺りにとうとう一言言ってやった。おまえさん、前髪だけでも切ったらどうだ、と。そうしたらどうだ、あいつ!ああ今思い出すだけでも恐ろしい!あいつは、あの子供は、刹那は。護身用の短めのダガーをどこからとも無く取り出して、俺が良く研がれているだの感心しているうちに、前髪を一掴みにして下から切り上げようとしやがった!一瞬理解できずに静止していた俺が奇声に近い大声を出して止めるまでに、無残にも束の下の方は一直線に切られて床に散らばってしまっていた。切れと言ったのはあんただ、何が悪い?テラロッサの眸には迷いがない。でも、今のは明らかに躊躇するところだぞ。しょうがないので明日の昼、つまりは今日の今時分に散髪してやるからと丁寧に言い包めて思い止まらせた。
 そして今子供の旋毛が眼下にある、というわけだ。長いこと散髪していなかったらしい。そういえばこの子供がやって来てからそういう所を見たことがない。真っ直ぐに伸びないので気付かなかったが、試しに一房引っ張ってみれば随分な長さだった。こりゃあ毛玉にもなるわな。納得して椅子に就く。子供とは1フィート以上の身長差があり、立って切るには辛いものがあるのだ。そこら辺のものを掻き集めた急ごしらえの散髪屋の真ん中で、子供は居心地悪そうに身動ぎした。
 「お客さん、ご要望は?」
 先ほど洗ったばかりで湿り気の残る黒髪にドライヤーを当てる。
 「こういうのは、久し振りだ」
 以前は、誰に?と、つい口を出た呟きに返すのも酷だろう。守秘義務とやらにも反するしな。
 「好きにするといい、特に拘りはない」
 「昨日のアレ見りゃ分かるよ、そんくらい」
 シェフのお任せ、じゃないけれど、どうすっかねぇ。思案しながら絡まった髪を解いてやる。


 幸いにも女性陣から拝借できた鋤き鋏をとった。さぁ一仕事しますか、とばかりに長くもない袖を捲くった。
 「じゃあ、そうだな、とびきり可愛くしてあげますよ、お客さん?」
 鏡越しに睨まれたのは、言うまでもない。
作品名:YOU HAVE TO GO TO THE BARBER ! 作家名:初子