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ある日の花屋の店先で

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可愛らしいお客さんがお店にいらっしゃいました。




      ある日の花屋の店先で




 雨でもないのにその子は傘を差して、店頭のカーネーションの前にしゃがみこんでいました。傘は空よりもずっと濃い藍のような青色です。きっと日傘なのだろうと思いました。でもこんな小さい子が日傘を差すのは珍しいな、とも思いました。私がじっと見詰めていた所為でしょうか。不意に彼女は顔を上げて言いました。
「お姉さんお姉さん」
 円らな青い瞳と眼があったので、どうやら私を呼んだらしいとわかりました。私はいつもそうするようにいらっしゃいませを言いながら、彼女の近くに来て同じようにしゃがみこみました。
「どうかなさいましたか?」
 自然と、彼女の姿に眼が行ってしまいました。青い瞳。桜貝のような色の髪。見慣れない種類の衣服と髪留め。日傘を差すのにも納得するほどの白い肌。それらを総合して考えて、この子は天人かもしれないと思いました。
「どうして今日はこの花がたくさんアルか?」
 私の推論を裏付けるかのような、特徴のある話し方でした。彼女が示すのはやはり目の前の赤いカーネーションで、私はゆっくりと言葉を選びながら質問に解答を返しました。
「カーネーションは母の日に皆がお母さんに贈る花なんです。今日がその母の日なので、この花を買ってゆくお客様が多くいらっしゃいます。だから今日はこうしてカーネーションをたくさん置いておくのです」
 彼女は丸い瞳を更に丸くして、私の言葉を聞くとふうんと言いました。そしてまたカーネーションに視線を戻しました。
「カーネーションっていう名前アルか」
「はい。カーネーションといいます」
「こっちの白いのも?」
「はい。色が違うだけで同じカーネーションですよ」
 それからこっちのピンクや黄色も、と、私は白の向こうに並んだ色違いのカーネーションを指し示して説明しました。
「なんで母の日はこの花と決まってるネ?」
 その質問に私は少し嬉しくなりました。ついこの間店長から仕入れたばかりの情報の出番だったからです。
「昔、お母さんを亡くしたある女の子が、そのお母さんが生前お好きだった白いカーネーションを霊前にお供えしたそうなのです。そして、同じ花を教会で人々に配りました……皆にそれぞれのお母さんを生前に敬ってほしい、という思いをこめて」
 彼女は真っ直ぐに私の話に耳を傾けてくれました。表情はまったく動きませんが、その眼を見れば、何も感じていない訳ではないことは解ります。
「……じゃあ、白いカーネーションのほうがいいアルか」
「うーん。白いカーネーションは、お母さんがお亡くなりになられてしまった方が買っていかれます。お母さんがご健在の方は、赤いカーネーション」
 私はそれぞれを順番に指で示しながら言います。
「色を区別する理由は、お恥ずかしながら私にははっきりとは解らないので、お教えすることができません。すみません」
 申し訳無い気持ちで小さくなって、私は目の前の少女に軽く頭を下げました。すると、私の頭上に影が降ってきて、太陽の光を遮りました。私は最初、彼女が立ちあがったのだと思ったのですが、違いました。
「おや、チャイナさん」
 目を上げると影のように真っ黒な出で立ちの青年が立っていました。真選組の隊服でした。私は慌てて立ち上がって、いらっしゃいませをいつもより早いペースで言いました。彼女に目を向けていたその青年は私を見て少し笑いました。そんなに慌てる必要はない、と言われたように感じて、何となくほっとしました。
「あんたのような乱暴なお方でも花に興味を持つんですかィ」
 彼は彼女に話しかけました。お知り合いなのかもしれません。
「どっちにしろお前には関係ないヨ」
 あれ?彼女の声が、先程までとは違い刺を含んでいるように感じられます。
「……そういえば今日は母の日でしたねェ」
 そんな彼女の冷たい声に、この人は気付いているのかいないのか、少々計りかねます。
「新八に買ってってやろうかナ」
「カーネーションをですかィ?」
 彼女は彼を振り返り、ぶっきらぼうに頷きました。さて、「新八」というのは普通は男性の名前だと私は思うのですが…どういうことなんでしょう。
「『母親』はウチの場合新八アル。万事屋の炊事洗濯掃除片付け、全部新八の仕事ネ。それに銀ちゃんのようなまるでダメな夫についていける嫁はあのダメガネだけアルよ」
 まるで私の心の疑問符を汲み取ってくれたかのような彼女の説明でしたが、おそらくは私と同じように不思議そうな顔をした彼のための説明だったのでしょう。そして私は「新八」という名前の女性も存在しているということを知りました。その新八さんは彼女にとって、母親のような存在なのだということが会話から何となく想像がつきます。名前で性別は判断できないのだというのが本日の教訓のひとつです。
「へェ。それじゃあウチでいうところの土方さんか。あの人の近藤さんへの忠誠心は真選組の中でも際立ったモノがありますからねィ。隊を纏める大黒柱を支える副長というポジションもよくよく考えたら夫婦のそれのようでさァね」
 とても感心したような顔で彼は神妙に頷きました。彼女はくるりと振り向いて私に言いました。
「お姉さん、私カーネーション買っていくヨ!」
「あ、はい! 毎度ありがとうございます」
 私はぺこりとお辞儀をしました。
「あんたそんな金持ってんのかィ」
 彼の意外そうな声がしました。
「同情するならお前払えヨ」
 彼女はくわっと彼を睨みました。
 そんな台詞どこで覚えたんでィという彼の呟きを聞きながら、私は何本買っていくのかを彼女に尋ねました。
「三本。赤がふたつと白がひとつヨ」
 白をひとつ。一秒間、その意味を彼女に尋ねるべきか迷いました。しかし迷いが顔に出てしまったのでしょう。尋ねる前に彼女が答えました。
「白は私の故郷のマミーに」
 私は彼女にお母さんのことを話させてしまったことを申し訳なく思い謝ろうと思いました。しかしそう教えてくれた彼女の顔は一片の哀しみも見られない優しい笑顔だったので、私は何も言えませんでした。
「赤のひとつは新八にやるから、残りの一本はお前が多串くんに渡すヨロシ」
 彼女はそのまま明るい調子で彼にそう言いました。すると……。
「お姉さん」
 ずいと、真選組の彼が私と彼女の間に半ば無理矢理に割り込んできました。
「白一本追加でお願いするぜィ」
 そして私に一枚の紙幣を握らせました。
「あ、えっと……はい。只今用意致しますっ」
 ことの成り行きが、飲み込みきれません。それは彼女のほうも同じだったらしく、ただぽかんと彼を見上げている様子です。彼はというと、何だか満足そうににやりと笑っていたのでした。
 私は何かに急かされるように赤白それぞれ二本ずつのカーネーションをひとつひとつ包装して、彼と彼女の元へ届けました。そして彼らが仲良く店を出て行く様をぼうっと眺めていたのです…………が。
「あ」
 私は大切なことに気がつきました。私は大慌てでソレを引っ掴み、走り出しました。
「お客様! お釣りッ!」
作品名:ある日の花屋の店先で 作家名:綵花