【FGO】One Morning
「あのな、神霊カイニス。いい加減にしてくれんかね、毎日毎日。そりゃぁね? 私のクロワッサンは外カリッカリ、中フワッフワの至高の一品と言っても良いものだよ? だからって、毎朝有無を言わさず奪いに来るのはいかがなものかね?」
ノウム・カルデアのゴルドルフ新所長が食堂のオーブンから天板を出す。そこには焼きあがったばかりのきつね色に色づいたクロワッサンが乗っている。フランスではクロワッサンにコーヒーが朝ごはんだと言うが、指揮官たるものそれしきで足りるか。朝食は一日の要なのだから、しっかり食べるべきなのだ。そうなのだ。ゴルドルフ何も間違ってない! なので、焼きたてクロワッサンにベーコンと卵、そしてミルクたっぷりの紅茶で朝ごはんである。今日の卵はスクランブルにしようか、オムレツにしようか、半熟卵にしようか。久しぶりに|目玉焼き《サニーサイドアップ》でも良いだろうか。
だが、そんな彼の至福のひと時は、ここ最近邪魔が入ってばかりだ。
「あ?」
剣呑な目つきと乱暴な口調。頭に見える少し長めの耳は不機嫌らしく、ぴる、と動いてはペタンと伏せる。
アトランティスで傷ついたカイニスを助け、一時でも力を貸してくれるようにと自慢のクロワッサンで懐柔したせいなのか。その記録を見たか――覚えているのかも知れないが――、カルデアの召喚に応えたカイニスは、「クロワッサンとやらを出せ」でなければ即お前の命を奪う、と言わんばかりの勢い――と言うか、実際にそう言った――でゴルドルフを脅し、それ以来毎朝、ゴルドルフからクロワッサンと淹れたてのコーヒーを強奪していく。
「いいから寄越せ! ぶっ殺すぞ」
ぎろり、とカイニスに睨みつけられて、ひぃ、とゴルドルフは危うく天板を取り落としそうになる。
「おっと……! ッ!」
ガタリとバランスを崩した天板を、カイニスが受け止める。その顔が一瞬歪んだ。
「なっ! なっ……! 何をしとるのかね!」
ゴルドルフがカイニスの腕を掴むと、天板を放り投げるようにカイニスの手から奪う。
「なにす……っ!」
カイニスならば即座に振りほどけただろうに。ゴルドルフの有無を言わせない姿に勢いを削がれたのか、手を取られたままゴルドルフによる治癒の魔術をかけられていた。
「いくらサーヴァントだからって、天板は熱いのだ。素手で掴むような真似はよしなさいよ」
「お、おう……」
カイニスが火傷がなくなった自分の手を見て、ぐ、ぱ、と握ったり開いたりする。
「その……。クロワッサンはまた作り直せば良いのだからな! てか、今落としそうになったの、脅してくるからだろう、キミィ!」
ゴルドルフは怒鳴ってから、しまったと口を噤む。
「だな。悪かった」
カイニスはそう言うと、床に落ちたクロワッサンを手に立ち上がる。また睨まれたり怒鳴られたりするのかと身構えていたのだが、そんな事態は起こらず、ゴルドルフは拍子抜けしたような気持ちになる。
「あっ、ちょ……! 待ちたまえ! カイニス! 神霊カイニス!」
立ち去るカイニスが、床に落ちたクロワッサンを口に運ぼうとしているのを目にして、我に返る。
「あ? 何だよ」
「落ちたのはやめなさい! ほら、食べるならこっちにしたまえ!」
ゴルドルフは作業台に放り出した天板に無事残ったクロワッサンを一つ取り上げて、皿に載せて差し出す。急いでいてもトングを使ったのは料理人として天晴れと言うしかない。
「いくらサーヴァントでも、落ちたのはダメだろう」
カルデアの厨房はいつだって綺麗に掃除が行き届いている。それでも床に落としたものを口にしていいとは思えない。勿体なくても、所謂生ごみも、ノウム・カルデアなら別の用途へのリサイクルが可能だ。
「三秒ルールって、マスターが言ってたぞ」
カイニスがあっけらかんとそう言う。
「それは土足禁止の環境での話だからね?」
マスターである藤丸立香は日本の出だ。日本の家では靴を脱いで過ごすと言う。だからこそ、出てくる言葉なのだろう。土足が当たり前のカルデアで、「三秒ルール」が適用できるとは到底思えない。ゴルドルフはカイニスの手から恐る恐るクロワッサンを取り返すと、近くの食卓に新しいクロワッサンが乗った皿を置く。そして、カイニスのために席を引いた。
「コーヒーも飲むだろう?」
「ああ……」
カイニスが呆気に取られて思わず勧められるままに席に座る。耳が嬉しそうにぴるぴるしているのを目にしたゴルドルフは、自分でも信じられない言葉を口にした。
「えー……。で、卵はどうするかね?」
ゴルドルフの言葉に、カイニスがぱちくりとして、次の瞬間ニヤリと笑った。
「お前に任せる」
そしてゴルドルフは、自ら墓穴を掘ったことを自覚して、指揮官としての責任だとか、料理を喜んでくれるのは料理に携わる者の冥利に尽きるからだとか、嬉しそうなあの耳がいけないんだとか色々煩悶することになるのであった。
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作品名:【FGO】One Morning 作家名:せんり