夕暮れ時間
いかな道場の跡継ぎ娘とて、新入部員の一年坊主である事に変わりはない。なので当然のように最後の片付けをして、当番だったので床を拭いて、更衣室に戻る頃には既にほとんどの部員が着替え終わっていた。先輩逹にいたっては、もう何人か帰ってしまっている。
そして当然のように、お姉さまの姿もない。
何となく時間を掛けて着替えた。お手洗いにも寄りたかったので戸締まりの役も仰せつかって、道場を出る頃には菜々一人になっていた。強い西日が射し込む室内をもう一度見回してから鍵を閉める。校舎の方に数歩進んだところの木陰に、やはりその人は立っていた。幹に背中を預け、気付いているだろうに決してこちらを見ず、これ見よがしに不機嫌さを醸し出している。
さらに数歩近付くと、彼女はおもむろに口を開いた。
「遅い」
「誰かさんが先に行ってしまうからです」
わざとゆっくり着替えたのも、校舎でなく道場内のお手洗いに寄ったのも、
「それにしたって遅い」
全て貴女への当て付けです。
…とは、流石に言えないけれど。
どうせ待つなら先に出なければ良いのに、この人は。
「早く帰るよ」
「待ってください、職員室に鍵を、」
「…じゃあ、一緒に行くから」
不意に手を取られた。繋がった手を引かれて、静まり返った校内を二人で歩く。
顔が赤いのは、きっと鮮やかな夕焼けのせいだ。違いない。