二人の距離
彼女はよく不機嫌な顔をする。
それは私を前にするととりわけ顕著に現れるのだ。
「由乃さん」
部活の帰り、ちさとは銀杏並木を先に進むお下げ髪に声を掛けた。
「…何?」
振り返った彼女はひどく不機嫌そうだった。けれどちさとの前では不機嫌でない方が珍しいので、気に留める事もなく駆け寄って横に並ぶ。
「…だから何なのよ」
何も言わずに並んで歩きだしたちさとに、由乃の声は余計不機嫌さを増した。
「どうして待っててくれなかったの」
「私、あなたと一緒に帰る約束なんてしていたかしら」
「最後まで残っていたのは私達だけなのよ。それなのに、私がトイレに行ってる間にさっさと帰っちゃうなんて。普通一緒に出るでしょ、普通」
「あら、そうだったかしら?」
由乃はわざとらしくしらばっくれて言うが、ちさとを追い払う事もしない。
そのまま無言で銀杏並木の分かれ道まで歩き、どちらからともなく共にマリア像に手を合わせた。
「あ、」
手を合わせている途中で突然思い出して、ちさとはぱっと顔を上げた。
どうして由乃を追い掛けたのか、今の今までど忘れしていた。
「これ、返すの忘れてた」
先に顔を上げていた由乃は、今度は先に帰る事もなくちさとを待っている。
ちさとは鞄から髪留めを取り出すと、怪訝な顔をしている由乃に差し出した。
「…ああ。こんなの明日でも良かったのに」
「由乃さんにはできるだけ貸しを作りたくないの」
「あ、そ」
髪留めを取ろうと由乃の手が伸ばされる。指先が髪留めに触れる瞬間、ちさとは突然ひょいとそれを躱した。由乃の手のひらが虚空を掴む。
「何?」
「ふふ。由乃さん、たまには髪型変えてみたら?」
「なっ、」
ちさとは由乃の目の前に歩み寄ってその前髪をすいてから、控えめなラインストーンの付いた髪留めをそっと挿した。
いつもは真っ直ぐ揃えられている前髪が斜めに分けられただけで、顔の印象は随分違って見えた。
「何すんのよ」
「可愛いよ、由乃さん」
「…あんたに言われたって気持ち悪いだけなんだけど」
沈みかけた西日が射し込むマリア像の前で、由乃は今日一番に不機嫌そうな顔をした。
ちさとは堪えきれなくなって、とうとう声を上げて笑った。