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午後4時のパンオショコラ

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 赤面しなかった自分の顔を褒めたい。これよりよっぽど気恥ずかしい言葉で綴られたファンレターだって貰ったことがある。けれど、面と向かって絶賛されたのは、錆兎たち身内ともいえる者を除けば初めてだ。烏間からはファンなのだと聞いただけで、感想までは聞かされていない。それだけでもじゅうぶん気恥ずかしく思ったというのに。
 そこまで考えて、義勇はふと浮かんだ疑問に、つい眉をひそめた。
「いつだ」
「はい?」
「いつ、読んだ?」
 そうだ、烏間は竈門ベーカリーの常連でもあった。ならば、炭治郎に義勇の本を薦めた可能性は高い。まさか義勇が当人だとまでは言ってないとは思うが、もしも炭治郎が烏間同様にエッセイにまで目を通していたなら、義勇が真滝勇兎だと推理するだけの材料はもう揃っている。
「えーと、たしか……中学に上がったころかな」
 思い出すためか少し首をかしげて言った炭治郎は、なぜだかそれを口にした途端に、ほわりと頬を染めた。
「す、好きな人ができて、その……最初、初恋だって気づかなかったんですけど……」
 訥々と炭治郎の言うことには、偶然出逢っただけの、二度と逢えないかもしれない人への初めての感情に戸惑っていたときに、書店で見かけたタイトルに惹かれ衝動買いしてしまったのだという。『もう一度逢いたい』まさしくそれは当時の炭治郎の気持ちそのままで、手に取らずにはいられなかったのだと。

 それまではファンタジーや児童文学ぐらいしか読んだことがなかった。けれど、初めて読んだその恋愛小説に書かれていた主人公の恋心は、自分がその人のことを思い出しているときの心情そのままで、そこでやっと自分が恋をしていることに気が付いた。すぐにほかの本も探して、残りの小遣いをはたいて買ってみたけれど、やっぱり真滝が書く主人公の恋は自分の心そのままだった。それ以来、真滝勇兎の新作が出るたび、必ず買っている。どの作品も自分の気持ちと重なる部分が多くて、何度も読み返しているぐらいには、真滝の作品が好きだ。

 ぼそぼそと、常にはない小さな声で語る炭治郎の顔は真っ赤で、初々しい恋心を今も抱えているのだと、言葉にせずとも伝わってくるようだった。
 そのタイトルはまさしく義勇のデビュー作だ。高一の炭治郎が中学に上がったばかりというなら、初版であることに間違いはない。しかも、平台に並ぶ新刊ではなく、棚差しの数多ある本のなかから、おそらくはたった一冊だけあった義勇のその本を、炭治郎は手にしたのだ。

 偶然にもほどがあるだろうと、義勇は思わず天を仰いだ。

 烏間と炭治郎にあらぬ疑いをかけてしまったが、もう疑う余地はない。炭治郎は義勇のデビュー作からのファンなのだ。たいへんめずらしいことに。
 それは俺だと言ってやるつもりはないが、ますます邪険にするのが躊躇われることになったなと、義勇は遠い目で虚空を見つめた。こんなにも熱烈に応援してくれている読者だと知ったうえで、手酷い言葉を投げつけ袖にするような人でなしには、どうしたってなれそうにない。これはもう、まかり間違っても炭治郎が告白などしてこないよう、心底祈るよりほかなさそうだ。
 だが、そんな義勇の思惑など知らぬ炭治郎は、意を決したようにじっと義勇を見上げてきた。

「あの、冨岡さん。俺、小学校を卒業したころに、冨岡さんに逢ったことがあるんです」