午後4時のパンオショコラ
だが、今は駄目だ。どうしても耳のピアスが気にかかる。炭治郎のように大ぶりなものではないが、それでも咄嗟に思い浮かんだのは炭治郎の顔だ。
義勇のセックス相手の条件は至極単純だ。アブノーマルなプレイを好む輩や、一晩だけの不文律を守りそうにない恋人探し目的での男。そして、一つでも錆兎を思い起こさせる要素を持つ者。そういった男たちは、どれだけ見目が良かろうと絶対にNGだ。
錆兎への想いを穢したくないがゆえに溝浚いに来ているのに、錆兎を思い出すのでは意味がない。それと同様に、炭治郎を思い起こさせる要素は、ひとかけらもあってはならない。
スッと視線を外すことでノーを伝えたが、少年は諦めがたいのか離れようとしない。甘えるように義勇の腕に自分の腕を絡めてくるのが鬱陶しい。眉を寄せキツイ眼差しを送ると、少し怯んだようだったが、それでも少年は腕を離しはしなかった。
きっぱりと断らなければならないかと、義勇が溜息を吐きかけたとき、新たに声をかけてきた男がいた。
「なぁ、俺ならどうだ? 楽しませてやるよ」
ワイルドさを気取っているのだろうが、義勇の目からすれば下卑ているとしか見えない笑みで、男は馴れ馴れしく肩を抱いてくる。泥酔まではいかないまでも、そうとう聞し召しているのだろう。酒臭い息が不快だ。
こいつも駄目だ。即、思った。これは質が悪い。マスターの判断も同様らしく、口を挟むことはないが目線でやめろと言っている。
だが、義勇はそれをあえて無視した。駄目だからこそ、乗る気になった。質が悪いぐらいが今はちょうどいい。
残ったジンライムを呷ると、義勇は無言で立ち上がった。
マスターがぎょっと目をむくのがわかったが、今はただ、なにも考えられなくなりたかった。
絡めた腕を離した少年が不機嫌そうに唇を尖らせるのを、ニヤニヤと見下ろし自慢げに鼻を鳴らす男は、性格もそうとう悪いようだ。人に不快感を与える為に生まれてきたとしか思えない。
でもそれでもいい。どうせ一晩かぎりだ。せいぜい張り切ってくれ。たかがセックスだ。ただの溝浚い。性格なんてどうでもいい。どうせこいつも、自分のちょっとばかり小綺麗に見える顔だけしか見ちゃいない。今までだってそうだった。極論、穴か棒でしかないのだ、セックスの相手なんて。
錆兎は元より、炭治郎の面影などどこを探しても見つけられない男なら、それでいい。
物言いたげなマスターの視線も、耳に吹き込まれる男の下品な言葉も、なにもかもがどこか遠くて。
いっそ、いたぶられてしまいたい。そんな夜の相手には、これぐらいがお似合いだ。そう思った。
作品名:午後4時のパンオショコラ 作家名:オバ/OBA