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午後4時のパンオショコラ

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 真っ直ぐに義勇の目を見て言われた言葉に、義勇は目を見開いた。幻聴だと思いたかったが、禰豆子の視線はそんな楽観を許さない。
「……なんで」
「だって、あの席を作った日に、お兄ちゃんから聞きましたもん。好きな人の役に立てそうなんだって、お兄ちゃん大興奮だったんですよ? 我儘だけどあの席はずっとその人の予約席にしてほしいって、お兄ちゃん、お母さんに向かって言ったの。俺の好きな人は男の人で、だからきっとお嫁さんや孫の顔はお母さんに見せてあげられない。好きだって告白したって、男の俺があの人に好きになってもらえるわけないけど、今までもきっとこれからも、あの人のことだけが好きだ。だから、ごめんなさい、って」

 親に謝らなければならない恋愛感情なんて、捨ててしまえ。
 もし自分がその場にいたら、そう怒鳴っていただろう。そんな一途に思ってもらえるような男じゃない。幸せになれる道が目の前にあるのに、くだらない男に騙されて、むざむざそれを捨てる気か。そう叱り飛ばしていただろう。

 顔を歪めた義勇に、禰豆子は困った顔で少しうつむいた。
「こんなこといきなり言われても、冨岡さんだって困っちゃいますよね。でも、お兄ちゃんわかりやすいから、冨岡さんももうお兄ちゃんの気持ちなんて知ってたでしょ? 男のお兄ちゃんに好かれたって、冨岡さんには迷惑でしかないんだろうなって私もわかってます。だから冨岡さんも、お兄ちゃんにはあんまり優しくしてくれないんだろうけど……でも、お店にぐらいは来てあげてください。お兄ちゃんはそれだけで幸せそうだから」

 お願いしますと頭を下げる禰豆子に、やめてくれと叫びたかった。
 おまえが今頭を下げて懇願している男は、ほんの数時間前まで見ず知らずのろくでもない輩相手にだらしなく足を開いていた、どうしようもなく汚らしい奴なんだ。炭治郎のきれいな想いを捧げられていい奴じゃないんだ。禰豆子に心配される資格だってない。
 そんな男に恋なんてするな。炭治郎にはきれいで優しい恋が似合う。それは禰豆子だってわかっているだろうに。

「なぜだ……? 俺が行かないほうが、炭治郎のためになる。昨日一緒にいた子は、炭治郎が好きなんじゃないのか? 男相手に恋なんてしなくたって、あの子のほうが炭治郎には似合う……俺なんかやめろと、反対してやるのが炭治郎の身のためだ」
 絞り出すように言えば、禰豆子はこともなげに笑った。
「反対なんてしませんよ。男の人だろうと、お母さんよりずっと年上のお婆ちゃんだろうと、お兄ちゃんさえ幸せなら、私たちはどうでもいいんだもの。いつでも家族のため、私たちのためって、自分のことは全部後回しにするお兄ちゃんが、初めて我儘を言って、冨岡さんがお店に来るたびに凄く幸せそうに笑うんですもん。反対する理由なんてないです」
 禰豆子の笑顔は晴ればれとすらしていた。本心から炭治郎の恋を応援しているのが、その笑顔でわかる。呆然とする義勇に、その笑顔はすぐに苦笑めいたものに変わった。
「カナヲちゃんには申し訳ないけど……でも、やっぱり私はお兄ちゃんの恋を応援せずにいられないから。それにね、カナヲちゃん、帰るときこっそり教えてくれたんです。強くなりたかったんだって。お兄ちゃんと一緒にいたら、自分も強くなれるんじゃないかって思ってたんだって……でも、もし今お兄ちゃんが今の自分を好きになってくれても、きっとお兄ちゃんに頼り切って、強くなんてなれなれないままだと思うって、言ってました。自分が強くなってお兄ちゃんに告白できるようになるのが先か、お兄ちゃんの恋が実るのが先か、競争って、カナヲちゃん笑ってた」
 泣きだしそうな顔だったけど、それでも笑ってくれたの。そう言って、禰豆子は、じっと義勇を見つめた。
「お兄ちゃんは頑固で融通効かないから、多分、告白してもごめんってお兄ちゃんは言うんだろうなって……カナヲちゃんもわかってるみたい。私もそう思います。お兄ちゃんはきっと、振りむいてもらえなくてもずっと冨岡さんのことが好きなんだろうなって。お兄ちゃんには誰よりも幸せになってほしいから、できれば冨岡さんにもお兄ちゃんのこと好きになってもらいたいけど、そこまではご迷惑になるから言いません。お店に来てくれるだけでいいんです」

 もうそれ以上言わなくていい。聞きたくない。勘違いしそうになる。炭治郎の一途な恋心が、いつまでも自分に向けられるなんて、ありえない。炭治郎を錆兎の代わりにするなんて嫌なんだ。あの子はそんなことをしていい子じゃない。俺の穢れに炭治郎を巻き込めるわけがないだろう。炭治郎の恋は勘違いだ。いつか間違いに気づく。

 グラグラと頭のなかが沸騰しているようで、思考はまともに働いてくれそうにない。苦しくて苦しくて、いっそ恥も外聞もなく泣いてしまいたい。

「冨岡さん? 大丈夫ですか!?」
「禰豆子ちゃ~ん! ごめんね、待たせちゃった? って、この人昨日の……?」
「善逸さんナイスタイミング! お願いっ、冨岡さんに肩を貸してあげてほしいの! タクシー乗り場まで!」

 ぼんやりと霞んでいく思考の片隅で、聞こえてくる禰豆子の慌て声をどうにか理解するが、もう一人の声はよくわからない。聞いたことがある気もするが、誰だったか。

 それでも、家まで帰りついたということは、禰豆子と待ち合わせ相手は無事義勇をタクシーに乗せてくれたのだろう。記憶はないが、自分で住所も伝えられたようだ。
 霞む目と震える手のせいで鍵を開けるのに手間取ったが、どうにかベッドまで辿り着けただけでも上々だ。

 色々と限界を迎えていた義勇は、ベッドに倒れこむなり眠りに落ちた。