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午後4時のパンオショコラ

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 義勇との恋が生まれかけた瞬間は、錆兎にもあったのだ。

 郵便配達が来て良かった。少し顔を伏せて、義勇は素直にそう思った。
 錆兎とキスしていたなら、今もこんなふうに穏やかに笑い合える関係でいられたかわからない。
 今となって思えば、錆兎への恋は信仰心に似ていた。だからこそ、きれいで純粋な想いしか向けてはいけないとかたくなに思い込んでいたのだろう。
 義勇にとっては、神様のような錆兎。そこに生々しさを求めたら、いつかは破綻していたかもしれない。もしもそのまま対等に、恋人同士になれたとしても、しょせんはもしもの話だ。果たされなかったからこそ思い浮かぶ淡い幻想。決して訪れることのない未来の話。
 けれど、それでも確実に、錆兎と真菰ではなく、錆兎と義勇が結ばれる可能性はあったのだ。

 ならばもう、それだけでいい。

 義勇、と不意に呼びかけられて、義勇は顔を上げた。悪戯っ子のような笑みが至近距離にあった。
「せっかくだから、一度くらいキスしとくか……?」
 義勇は逃げない。囁くような錆兎の声に、義勇も囁きで返す。
「……なんの記念に?」
「そうだな……秘密が秘密じゃなくなった記念、とか」
 クスリと笑いあった互いの吐息が、互いの唇を擽る。

「やめとく」

 二人の距離は人差し指の厚み分。二人の間に差し込んだ義勇の指先に、錆兎の唇が触れた。
 近すぎて少しぼやける視界で、錆兎は密やかに笑っている。きっと自分も同じ顔で笑っているのだろう。
「そう言うと思った」
「なぜ?」
 顔を離して、錆兎は、今度はカラリと快活に笑った。
「だっておまえ、好きな奴がいるんだろう?」
 義勇は一途だからな、好きな奴としかキスなんてしないだろ? 錆兎は少しのからかいを込めて言う。
「どんな奴だ?」
 言われて少し考える。炭治郎のひととなりを伝える言葉なら、いくらでもある。けれど錆兎に告げるなら、一番ふさわしい言葉を選びたい。ちょっとだけ、プロの小説家としての意地も込めて。

「……二人で池に落ちた日に、先生が焚いてくれた焚火を覚えてるか?」
「ん? あぁ、あれか。もちろん。生き返ったっていうか、死なずに済んだぐらいの勢いでホッとしたよな」

 それは、義勇が錆兎への恋を自覚した日の想い出だ。
 錆兎と二人揃って池に落ち、ずぶ濡れになった義勇は足を挫いて動けなかった。顔を怪我して出血していた錆兎も動いていいものかわからずに、真菰が鱗滝を呼んでくるまで、二人でしがみつき合って震えていた。
 夏とはいえ山のなか、しかも全身ずぶ濡れだ。心底寒くて、痛みも重なり、不安で不安で泣き出さないのが不思議なほどに怖かった。
 真菰とともにようやく鱗滝が来たものの、ほかの大人は出払っていた。鱗滝一人で子供二人を担いでいくわけにもいかず、もう一人大人を連れてくるまで待てと焚火を焚いてくれた。
 結局、あの池に咲いていた花は採ることができず、大人たちには盛大に叱られ、怪我のために残りの日数はろくに遊べなかった。
 今はもうその花の名も知っている。池に咲いた睡蓮を摘もうなど、子供というのはまったくもって無謀なことをするものだと、我ながら苦笑するしかない。
 恋を自覚した衝撃はともかく、総合的には残念な想い出だ。それでも、あの焚火の温かさを思い起こすと、それもまた楽しかったと思える。

「あのときの焚火みたいな子供だ」

 笑って言った義勇に、錆兎はパチリと少し子供っぽくまばたきして、すぐにその日一番の明るい笑みを見せた。あの日咲いていた睡蓮の花を思わせる白いタキシードを着て、夏の日差しの下に咲く大輪の花のように、錆兎は笑う。

「そりゃ、たまらなくあったかいな」
「うん……生き返らせてくれるぐらいには」

 笑いあっていると、戸口から顔を出した友人が声をかけてきた。
「錆兎、そろそろ移動してくれ」
「おう……って、ちょっと待て義勇! 今なんか、スルーしちゃいけない言葉がなかったか!? 子供ってなんだ、子供って!」

 一言余計だったか。
 しまったと眉を寄せた義勇に、慌てて詰め寄ろうとする錆兎を止めたのは、式進行役の友人の声だ。
「錆兎、急げよ! おまえはこっち! 花嫁さん待たせんな!」
「おい、村田、あんまり引っ張るなよっ。義勇! 今度ちゃんと聞かせてもらうからなっ!」
 引きずられるように戸口をくぐる錆兎に向かい、義勇は笑いながら人差し指を唇に当てた。錆兎の唇に触れた指先で、投げキスを一つ。交わし損ねたファーストキスの代わりに錆兎に投げる。

 ぽかんとした顔のまま引っ張られていく錆兎を見送って、義勇は清々しい気持ちで空を仰いだ。
 今度こそ、これでおしまい。初恋は愛に変わって、ささやかな間接キスで終止符が打たれた。

 きっと、いい式になるだろう。微笑みながら見上げた空は、底抜けに澄んでいた。