身に覚えがないけど現実
平和島静雄は今、自分の置かれている状況が理解できなかった。
昨夜は上司である田中トムと仕事後、飲んでいた筈だ。
取り立て件数が多かった事とほぼ荒事になり静雄は自分の意識していないところで大分疲弊していたのだろう、アルコールのまわりが早かったようだ。
静雄自身、飲んでいた途中から記憶があやふやで見覚えのないベッドで目を覚ました今、状況が整理できなかった。
適度に生活臭のある部屋はホテルではないようで誰かの寝室であることが窺えた。
静雄はもっと状況を確認しようとベッドから起き上がる。
体の節々が痛く、だるいのは飲みすぎたせいなのだろうか。
体を起こして初めてそこで自分が全裸だと知り、目を見開いて驚いた。
そして自分の体をまじまじと見ればそこには乳房をはじめ、そこかしこに鬱血痕やら歯型が付いているではないか…!
あまりにも生々しい性の痕に眩暈を起こしかけ自分が酔っぱらって知らぬ男にほいほい付いていってしまったのかと青ざめた。
しかし飲んでいたのは池袋でトムも一緒だった筈で、自分はいつものサングラスにバーテン服という風体だったのだ。
明らかに池袋で知れ渡っている喧嘩人形の代名詞とも言える格好の。
いや、トムと一緒だったとてお開きにして別れてしまえばその後の自分の行動などわからない。
男性経験も自慰すらしたことのない体は知らずのうちに欲求不満だったのか。アルコールのせいで自制できなかった欲求がこんな独り歩きをしてしまったのか。
だからってこんな行きづりの男に引っかかるなんてどれだけ阿呆なんだ。
それで己の処女が失われるとかまじで笑えない…と自己嫌悪の波に飲まれかけていると隣でシーツの衣擦れの音が聞こえ、静雄はバッ!と音がする程の勢いで振り向く。
「…なっ!」
静雄は目を疑った。
隣で眠っているのはノミ蟲…折原臨也だったのである。
静雄は口をぱくぱく開閉させるしかできず、臨也はまだ惰眠を貪っていて起きる気配を感じさせない。
おいおいおいおい酔ってたからってノミ蟲とか有り得なさすぎだろっ。そうだこれはこいつの嫌がらせだそうに違いない!
大っ嫌いな俺で処女喪失なんて可愛そうなシズちゃん、とか言って実際は突っ込んでもいないのにそうやって言うんだ。ノミ蟲もノミ蟲で嫌いだと言っては女ではなく怪物だと言って憚らない俺に突っ込もうと思う訳ないんだから。
などと体中に散らばる鬱血痕や軋む体を無視し、そんな現実逃避をしながらシーツを後ずさる。
飲み過ぎたせいで記憶が綺麗さっぱりなく目の前の事が嘘なのか本当なのか今の混乱した思考では到底解決できなかった。
マットレスぎりぎりまで来た事でふと視線を落とすと、すぐ下にあったゴミ箱に明らかに使用済みで口が縛ってあるコンドームが幾つか入っているのが目に入り
今度こそ静雄は
「ああああああああああぁあぁぁぁぁぁぁ…!!!!!!」
叫び声をあげ、
「何なの?うるさいよシズちゃん」
その声で目を覚ました臨也の顔面にむかって枕を全力投球したのだった。
作品名:身に覚えがないけど現実 作家名:ワキ_ワキ子