【FGO】My Brother
ガレスは、キャメロットの宮殿の回廊を歩くアグラヴェインを見かけて、駆け寄りながら呼び掛けた。石造りの外廊下からは向かいの棟が見える。呼び掛けられたアグラヴェインの方は、鳩が豆鉄砲でも喰らったような顔でガレスの顔を見ている。
「ガ……、レス……」
アグラヴェインの戸惑った声に、ガレスはやっちまったー! と一瞬にして青ざめる。
まさしく太陽のような、という形容がぴったりな長兄とは対照的に、次兄のアグラヴェインは寡黙で冷静で人にも自らにも厳しい人だった。
ガレスが騎士になった時に「公私はきちんとしなさい」と、長兄であるガウェインにも言われた。だが、アグラヴェインにはもっと厳しく言われたことだ。
それでも生来の人懐っこい気質のせいか、これまで、他の兄妹や気安い騎士たち相手に宮殿内で気軽に声を掛けていた。うっかりそのノリで、アグラヴェインにまで声を掛けてしまったのだ。
だって、次兄を見かけるのは、本当に久しぶりだったのだ。ガレスが騎士になる前は、ちょっと顔つきが怖かろうと、今のように呼びかけていたのだし。
その時は、ニッコリと笑ったりしなくとも、ちゃんと立ち止まって、ガレスの話を聞いてくれた。一言の挨拶だけだって、言葉はなくとも、頷くなどの会釈だけでも返してくれたのだから。
しかし、騎士になってからは。特に、円卓の騎士として末席に席次する様になってからは、このような言葉をかけたことはなかった。なかなか親しく声を掛けるタイミングがなかったというのもあるが、アグラヴェインがあまりに忙しそうだったというのもある。
ここ数年、事務的な内容か、騎士同士として話した記憶しかない。
「えーと……、その……。いや、あのっ! つい、嬉しくてですね……」
嘘ではない。お供の文官や騎士と何かをずっと喋りながら忙しなく歩くアグラヴェインではなかったので、思わず昔の通りに話しかけてしまったのだ。
「……お前も騎士となって随分と経つのだから、もう少し落ち着きが出るといいのだがな」
アグラヴェインははぁ、と溜め息を吐いて、一言そう言った。
「……はい……」
すっかりしょげて、「申し訳ありません、アグラヴェイン卿」と言いかけて、ぽすん、とガレスの頭に少し重みが掛かったのを感じた。その重みは、もしゃもしゃとぎこちなく頭を撫でる。そっと見上げると、困ったような戸惑ったような、そんな顔でアグラヴェインがガレスの頭を撫でていた。
「……はい! 兄様!」
言葉数が少ない上に、誤解を招く言い方をわざとする兄だった。それでも優しくないわけではない。特に、ガレスは嫌がらせや意地悪をされた覚えがない。一生懸命話しかければ、返ってくる言葉は少なくとも、きちんと話を聞いてくれる兄だったのだから。だから、つい元気に返事をしてしまった。
「今注意したばかりだが……」
途端にぎろりと厳しい眼差しで見られるが、耳が赤くなっているのは見逃さない。
「はい!」
エヘヘ、と嬉しくて笑ってしまう。
「あー……、後でモードレッドを見てやれ」
照れた顔が恥ずかしいのか、アグラヴェインはくるりと踵を返し、二、三歩歩いたところでそっぽを向いたままそう言った。
「はい……。……あっ! もう! またモードレッドをこっぴどく叱ったんですね?」
モードレッドは何と言うか……。暴れん坊で、きかんぼうで、粗野な子供だった。その裏にどういう事情があるのか、モードレッドがどういう感情を抱いているのか、ガレスではなかなか察してやることが出来ない。何かを抱えている、と言うことしか判らない。
だから、アグラヴェインが兄弟中でも一番厳しく悪さをしたモードレッドを叱るのが、酷く不思議だった。
その後に、ガレスにモードレッドを見てやれ、と言うのも不思議だった。
だが、それも今はなんとなく理由が判る。アグラヴェインがモードレッドが何を抱えているのか、知っているのかどうかは判らない。けれど、兄は兄なりにモードレッドを心配しているのだろう。それでも自分では甘やかしてやることも出来ない。だから、わざと厳しい兄として振舞っているのだ。
随分なことを任されたと思わないでもない。
だが、曲がりなりにもモードレッドと距離を縮められたのは、アグラヴェインにめちゃくちゃ怒られて悄然としている妹を小さい頃から慰めていたからだ。互いに騎士となった今は、なかなか昔のようには行かないが、それでもガレスが声をかければモードレッドは渋々といった顔をしながらも、言葉を返してくれる。多少は気心が知れた間柄だから、傍若無人な振る舞いをしそうなモードレッドを姉ぶって、「めっ!」と嗜めることも可能なのだ。宮殿や余人の前では、互いのためにしないけれど。
「モードレッドもやりすぎたのかも知れませんが、心配だからって厳しく叱りすぎではありませんか? ただでさえお顔が怖いんですし。顔を合わせる度にモードレッドが背中の毛を逆立てた猫みたいになってますよ」
ガレスの言葉に、アグラヴェインの表情が陰鬱になっていく。
「と、ともかく……」
口を開いたアグラヴェインの声は普段の張りも圧も消えているようだったが、ガレスは気付かない。
「アイツのことはたの……」
「はい、兄様。大丈夫です。利かん気の妹のことは、このガレスにお任せください!」
溜め息を吐くアグラヴェインの言葉を遮って、ガレスがどん、と胸を叩いて見せる。アグラヴェインは暫時また驚いた顔をして、厳しい顔を少しだけ緩めた。
「頼む」
「はい」
素気無く踵を返す兄の耳の上が赤くなっているのを、ガレスは微笑ましく見送った。
「不器用、なんですよねぇ…」
ボソリと呟く。
長兄であるガウェインのように、明け透けなほどに明るく振る舞うことも出来ず、それでも腹違いであっても兄妹を大事に思っていることに違いはないのに、それを素直に見せることができない。
でも、言葉や態度に出なくても兄妹思いの優しい兄なのだと、ガレスは知っている。
「あっ! 兄様ーっ!」
ふと思いついたことがあって、去っていく兄の背中に呼びかける。何事かと言う顔でアグラヴェインが振り返る。いや、その顔は二回も注意したのに兄様呼ばわりをするのはいかな魂胆か。加えて落ち着いた振る舞いをしろと言った直後ではないか、と言う怒りもあっただろうか。
「今度一緒にお茶しましょうねーっ!」
ガレスは遠目にそんな顔をしているアグラヴェインにそう怒鳴ると、ぶんぶんと勢い良く手を振って駆け出す。アグラヴェインに向けた視線の隅に、躊躇いがちに腹の辺りまで手を挙げたのを確かめて、もう一つ手を振った。
「さて、可愛い妹を慰めに行きますか! お姉ちゃんですからね!」
ガレスはふむ、と鼻息も荒く気合を入れた。
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作品名:【FGO】My Brother 作家名:せんり