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「夜に踊る」

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 踊る踊る夜に踊るたったひとり夜に踊る淡い星明りの薄明の下。










 彼女は森の端川のほとりで踊っていた。歌う声はこぽこぽという微かな水音によって讃
えられるかのように高くも低くも甘美に響いた。彼女の周囲に人影はない。ただその歌声
と、あまりにも軽やかなステップの優雅さに魅せられた森の穏やかな獣たちだけがわずか
に、ゆるやかな輪を作って彼女を囲んでいた。彼女の踊る草原は小さな花が咲き乱れ、ま
るでそこだけ月と星の光が色濃く落ちているかのように白く輝いているように見えた。
 その森の中では夜は決して暗いものではなかった。彼女はそれを知っている。だから彼
女は寸鉄を帯びる事すらなく、薄い白いたおやかな衣一つ纏ったきり、子鹿のような白い
柔らかな裸足で草原の上を踊る。その森に、彼女を害する事のできるものなど存在しない
事を彼女は知っている。いや、或いはこの森の外でさえも、彼女を害する事は何人にもで
きないのかもしれない。ただ彼女は決してそれに自惚れる事はない。

 彼女は踊る。その妙なる歌声は上古の世にあっても既に実際には使われなくなって久し
い、浄福の地で使われる言葉。カラクウェンディとヴァラールの、最果ての国で使われる
言葉。彼女はそれを彼女の母から習った。最果ての国から、来た母に。

 安らかな川の水音はまるで彼女の爽やかな歌声に唱和しようとでもいうようだった。あ
りとあらゆるエルフ、いや生きとし生けるものすべてからその美しさを称賛された神と神
の長子との間に生まれた姫君は、それに相応しい上古の言葉で歌う。ありとあらゆる森の
生物が、物言わぬ木々ですらもその歌に聞き入っていた。ただ、彼女の同族は別として。
彼女は森の端で歌う。

 彼女は彼女の父も母も愛していたが、その宮廷を愛する事はついぞなかった。そこで出
会うありとあらゆる人々の眼差しも、結局好きになれる事がなかった。彼女の姿を、声を、すべてを称賛するエルダールの麗しい弁舌ときたら!それよりはいっそ、この物言わぬ獣達のゆるやかな眼差しと川音の歌の方がどれほど好ましいか知れやしない。夜にも眠る事のない、エルの長子にとって夜は忌み嫌うべきものではない。月が、いや少なくとも星明りさえのぞむ事ができれば、それは彼らにとって好ましい時間に変わる。明々と灯された白い宮殿の中の明かりが森の中に漏れ出ずる。灰色エルフの王シンゴルの居城は、いまだかつてこの中つ国には存在しなかったほどの壮麗なもの。西の最果ての国の美しさにも並び称されるような。昼夜を問わず開かれる終わりのない祝宴。この森の外に広がる、荒野と暗黒の事など忘れ惚けて。


 ルシアン、ルシアン、我が愛し子、踊っておくれ。 酒に酔っていなくとも父はそう蕩けたような笑顔で彼女に言った。彼女はそのたびにかの宮殿のつややかな細工模様の床の
上で踊ってみせる。踊ることは嫌いではなく、父の喜ぶ顔を見る事も嫌いではなかった。


だがそこは。


 息が、つまる。白い宮殿は確かに雅で優雅で繊細で、これ以上を望む事もできないほど
美しかったけれど。居並ぶエルフの諸公は皆典雅で、丈高く見目麗しかったけれど。けれ
どそこは、彼女には。まるで白い鳥籠のようで。


 ああ王よ、お父様、ごめんなさい。どうか夜は退出の許可を。 踊り疲れたような顔を
して、そうして彼女は真昼の宮殿を出た。この森の中にある限り、決して娘の身に危害が
加えられる事がない事を知っている父王は、少し寂しそうな顔をしたけれど、ただそれだ
けで娘の嘆願を聞いた。この森、彼女の母の織りなす神々の力が守護する美しい領域。
まるで籠の中のように。





 彼女は踊る。夜に踊る。彼女は星と月と陽とを歌い、神々の恩恵を歌いつぐ。
 ただその時間だけに許された、籠の中の籠からの自由を歌うように。










 踊る踊る彼女は踊るたったひとり夜の中ただ星と獣の見守る中。

作品名:「夜に踊る」 作家名:風牙瑠璃