黒籠アリス6
家の前の木陰にテーブルが出されていて、3月ウサギと帽子屋がお茶の真っ最中だった。
二人の間にヤマネが座り、すやすやと眠っている。
テーブルは大きいのに、みんな、隅に固まっていた。
「すまないね。男が座る場所は空いてないんだ!」
いつの間にか目を覚ましたヤマネが、無駄に爽やかに言う。
「席ならいっぱい空いてるっスよ。お客さんもどーぞ!」
黒子の元チームメイトそっくりの顔をした帽子屋が、シャララと効果音を立てながら、黒子の手を引いて席に案内した。
黒子が大きなひじ掛け椅子に腰かけると、
「どーぞ」
3月ウサギが紅茶を供してくれる。
「ありがとうございます」
黒子は受け取り、紅茶を一口飲む。
元チームメイトのいる高校の主将そっくりのウサギは、黒子が知っている3月ウサギと違って、とても親切だった。
イケメン()の帽子屋の自慢話を聞き流しながら、黒子はしばし平穏なお茶会を楽しむ。
帽子屋が急に話題を変え、
「今日は何日だっけ?」
黒子のほうを向いて訊いた。
ポケットから懐中時計を取り出して、まじまじと見つめたり、時々振ったり、耳に当てたりしている。
黒子は少し考えてから言った。
「四日ですよ」
「二日もずれてる!」
きゃんきゃんと帽子屋は喚く。
「三月に喧嘩してから、オレのお願い聞いてくれなくなっちゃったんスよね、時間っち……」
悲しそうに首を振ると、帽子屋は訊いてもいない事の顛末を黒子に語って聞かせてきた。
曰く、ハートの女王が催した大音楽会で自分は歌をうたう役だったのだが、歌の途中で「聴くに堪えない」と女王に告げられてしまったのだとか。
「あ。首を刎ねろとは言われなかったんですね」
「なに恐ろしいこと言ってるんスか!?」
怯える帽子屋を無視して、
「それで、今はいつだって六時で、いつでもお茶の時間だから、カップを洗う暇もないんですね」
黒子は話をまとめる。
「……そういうことっス」
帽子屋が感心したように言った。
「そろそろ話題を変えようぜ」
3月ウサギがあくび混じりに口を挟む。
「帽子屋の話は飽きてんだ。ここは透明少年に話をしてもらうってのはどうだ」
「……ボクは面白い話なんてできませんよ」
黒子は眉を八の字にしてみせて言う。
「ならば、オレが女性の話をしよう!」
ヤマネが意気揚々と声を上げた。
「それももう聞き飽きてるっスよ!」
「ほかになんか話題ねーのか、お前は!」
帽子屋と3月ウサギが口々に言う。
「悪いな。こうなると止まらねーんだ、こいつ」
3月ウサギがヤマネを指して言うので、黒子はウサギに紅茶の礼を言い、その場を辞去した。
黒子は森を掻き分けながら進んでいく。
ふと目についた一本の木に扉がついていて、そこから中へ入れそうなのに気付いた。
「これは、入ってみるべきでしょうね」
黒子は中へ入っていく。
気づくと、そこはよく知る大広間で、小さなガラスのテーブルもそこにあった。
「今度は上手くやってみせますよ」
黒子は呟き、まずはあの小さな金の鍵を取って、庭に通じる扉を開ける。
それからポケットに取っておいたキノコを齧り、背丈を三十センチくらいに縮めて、短い廊下を抜けていった。
――そして、とうとう……あの煌びやかな庭に辿り着いた。